――何て言うか、非常に運が悪いっていう・・・。
友達は天然故、と言うが・・・確かに私は少々天然な性格かもしれないが至って普通の女子高生だ。
――まさか、車を覗いただけで追いかけられるとは。

Funish!! 第一話


冬のある日の出来事。
鮎川春歌(あゆかわはるか)はバイトが終わり帰路につこうとしていた。ただいつもと違ったのは少々帰る時間が遅くなっただけのはずだった。
夕暮れ時であるはずの夏の街のはずが、いつの間にかサマーナイトシティに変貌してしまっていた。
現在時刻は8時前。いつもは6時くらいで終わるはずのウェイトレスのバイトが長引いてしまったことが原因だ。
「わあ・・・。真っ暗だ・・・」
6時頃であれば太陽も見えるほど明るい。だが、2時間も経過すればこの通りだ。
いつもは下校する生徒などで賑わっているこの道もこの時刻になれば人っ子一人いない。
いるにはいるのだが、帰宅途中のサラリーマンが二人三人、柴犬みたいな野良犬が一匹。
「気をつけなきゃ」
治安は良いのか悪いかは分からない。とりあえずは強姦とかから身を守るため右手のバッグを握りしめて足早に歩く。
・・・だが、彼女の性格が不幸を呼ぶ。
「ん、なんだろ。あれ」
街頭の下にある見るからにごつい車。
そう、ヤ○ザらしい黒ベンツだ。
――普通、こんな車見かけたら厄介事は御免だ、ということで近づかずそっとその場を立ち去るだろ。
だが、
「すごーい。ベンツだー・・・」
彼女が天然と呼ばれる由縁である。
何も恐怖を感じず、ただ自分の好奇心が駆り立てるまま。本能的といえば聞こえは若干良いかもしれないが、要は世間知らずなだけだ。
・・・そんな行動が本日、とうとう鮎川春歌を襲った。
「――ちょっとお嬢ちゃーん。なにお兄さんの車を見てるのお?」
思いっきり車の窓越しに車内を見ていた春歌。
そりゃあ車の持ち主も声をかけるわけだ。
「え?あ、あの私、珍しい車だなーって・・・」
言い訳にしては苦しいが、これは全く持って本心に他ならない。
「お嬢ちゃん、そんなことよりちょっとお兄さんと一緒にどっか出かけない?」
「え、ええ!?」
さすがに危険と感じたか春歌も動揺する。
「おえ、兄貴ぃー。この娘なんすかー?」
暗闇から出てきたのは茶髪、ロン毛、日焼けした肌、そして見るからにそこらのチンピラの風貌をした若い男。
「んー?なんか俺たちに興味あるみたいだからなあ」
「えーそうなの?ねえ名前何て言うの?」
「は、はる、か・・・」
彼女の心はヤバイの文字で一杯である。話す言葉も途切れ途切れだ。
「ねえ、ちょっと遊び行かない?美味しい炒めし屋あるんだけどさあ・・・」
そう言いながら男は車のドアを開ける。最初に声をかけた男はにやにやしながら車のエンジンをあける。
――その瞬間、春歌はドアとは反対方向に走り出した。
そして、
きゃあああああああああああああああああああああ!!!!!!
と悲鳴付きで。

同時刻、いや全く同じ時間、リアルタイムで若い二人の男女が歩いていた。
男は月下四季(つきもとしき)、女は白河千宗(しらかわちひろ)という名だ。
若い、いや16歳は若すぎるか。
若い男女がこんな遅い時間ふらふらうろついてるのも些か問題だ。
しかし、不純な交際はないし学校もそれなりの良い高校に通ってる。
だから理由がある。
まあ、くだらない理由なのだが。
「いやー、この時間帯に入荷することを発見した私は天才だよね」
『Book』とプリントされた茶封筒を大事そうに持つ千宗。
それもそのはず、今大人気のベストセラーであるその小説は増刷に増刷を重ね、今、第25版。
売り出されればすぐに売り切れてしまうその本を手に入れる為、千宗は監視を光らせようやく本日手にしたのだった。
「そいつは良いことで・・・」
一緒に狩りについて行くことになった四季が答える。
口はグロッキー調でも彼にも収穫はあった。
この時間帯に入荷する書店、その2階で営業しているレコード屋。
するとやはりレコード屋の方も一緒に入荷されるのだ。
その恩恵を受けることが出来た四季はまんまと本日明日発売のCDをフライングゲットすることが出来た。
ふて腐れているものの、結果的には千宗様々なのである。
「うっふふー。終わったら四季にも見せてあげる」
「面白いのか?」
「すっごく面白いらしいよ。恋愛小説が基本のSFアクション超大作でね、他殺体が発見されるシーンがすごく生々しいらしいの」
「ええー・・・。そんなのが恋愛小説なのか?」
ためらう四季。
むしろこんなあらすじを聞かされたら誰でもためらうだろうが。
「じゃ、私読むから」
「ここでか」
「うん。どぶに脚突っ込みそうになったら止めてね」
そう言いながらがさがさと包みを開き中の本を取り出す。
真っ黒のカバーに桜の花びらが印象的だ。
幸いにも文字が読める程度に街灯がついているのだが、世間的には目を悪くすると思われる環境である。
本を読むのを止めようとする四季であったが、既にもう本の虜になっていた千宗には無駄であった。
「なになに・・・、『現場に足を踏み入れようとしたアリスがもう一つの人形に気づいた・・・』」
「もう殺人現場のシーンかよ」
ちなみにこの本、全部で9部作となっている。
「『そしてその人形を手に取った瞬間、辺りをつんざくような悲鳴が周囲を困惑させた』」
その瞬間のことであった。
きゃあああああああああああああああああああああ!!!!!!
「な、なに!!?」
「ひ、悲鳴だよな。今の・・・」
「とりあえず行きましょう!!」
本をしまうと二人は悲鳴のした方へ一目散に走った。

きゃあああああああああああああああああああああ!!!!!!
これが5回目の悲鳴である。
春歌は走りながら悲鳴を息の続く限りサイレンのように上げている。
しかも行きに続く限り叫んだ後すぐに息を肺に送りまた悲鳴を上げるのだから近所迷惑もいいところかもしれない。
しかし、本気で恐怖を感じている彼女にとってしょうがないことであった。
「待てや!!この女!!!」
これだけ悲鳴を上げられたら男の方もたまったものではない。
無視すればいいものの、追いかけるのだから悲鳴を上げられることをチンピラ共は気づいていなかった。
すると100メートルも走ったところかいきなりシャッターの閉まった総菜屋の影から誰かが春歌の手を引っ張った。
「きゃあ!!」
「しっ!」
その手の主は千宗であった。
そしてそのまま総菜屋の影に隠れた。
「ちょーっと、静かにしててね」
「は、はい・・・」
身をかがめ闇に身を隠す二人。
その内、さっきのチンピラがやってきた。
「ど、どこに消えやがった!!?」
「この辺を曲がったと思うんですけど・・・」
肩から息をしながら辺りを見回すチンピラ二人。
いい加減諦めればいいものの。
その時。

――うー、うー

「あ、兄貴!!」
「ぽ、ポリ公か!!」
辺りに聞こえるパトカーのサイレンの音。
「に、逃げるぞ!!」
「う、うい!!」
少しつんのめりながら、二人はどこかへ消えていった。
「ふー、もう大丈夫」
「あ、ありがとうございます・・・」
体を起こすと辺りはいつもの静寂な空気が戻っていた。
「あ、あの警察を呼んでくれたんですか?」
「ああ、あれは?」
「携帯の音でも結構聞こえるもんだな」
携帯電話を片手に向こうからやってくる四季がいた。
「うん。お疲れ様」
携帯の音量を最大にし、気づかれない程度に近づいてパトカーが来たと思わせる作戦は成功に終わった。
普通は気づくようなものだが、あの二人が馬鹿だったことも幸いし、もし駄目だったとしてもそのまま逃げれば大丈夫かと半分ジョークともとれる作戦だったので結果オーライだ。
「大丈夫?何か暴行とか受けたりしてない?」
「は、はい。大丈夫です」
ふらふらと危なげに立ち上がりながら春歌は自分のバッグを手に取った。
「あ、あのお礼をしたいんですけど・・・」
「え、お礼なんて結構よ」
ぱたぱたと手を横に振り断る千宗。
「あ、あの本当に何にも出来ないですけど・・・。せめてお茶だけでも」
「本当にいいのよ。こっちも半分楽しんでやってたし」
悪戯っぽく笑う千宗と四季。
四季の方は些か疲れ気味だったが。
「本当にお茶だけしか出せませんけど、お願いします!」
ぺこりとお辞儀する。
「そんな、お願いされても・・・」
「茶くらいいいんじゃない?」
四季が言う。
「本当ですか!?」
びっくりしたように春歌が頭を上げる。
「うーん、じゃ、少しだけ」
「は、はい!」
そう言いながら歩こうとする春歌だったが。

――ばたん

「な、なあああああああ!!」
「おい。何が起きた・・・?」
綺麗に地面にとっ伏している春歌。
緊張がとぎれたためか失神してしまったのだ。
「どうしようか・・・」
とりあえず四季が抱え上げ軽くほっぺたの辺りをぱしぱしと叩く。
「ど、どうするも何も・・・きゅ、救急車!!」
「失神くらいで救急車呼ぶのもめんどくさいだろうが・・・」
「うるさい女の敵!!」
手に持っていた嫌に殺人シーンが生々しい恋愛小説の分厚い本で四季の頭を殴る。
「とにかく、この娘を運びましょ」
「何処へ?」
「決まってるじゃない」
「琴子が何て言うか・・・」
「しょうがないじゃない。とにかく歩くの!」
そう怒鳴られながら四季と千宗は家路に向かった。
彼らの家へと・・・。


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