あの日、学校から帰り待っていたのは両親と毎日顔を合わせる人相は良くない奴らと、――大きな旅行鞄であった。
「さっさと車に乗れ」
学校の奴ら、最も4、5人もいないトモダチにぶっきらぼうに別れを告げたのは良かった。
もう二度と会うことはないし、もしかしたら明日死ぬかもしれないこの身になったのだから。
「うん」
神妙な顔持ちをした両親に短く意思を告げ、生まれ育ったこの街を去るため黒のワゴンに乗った。

摩尋の場合


窓から見える冬空の雲。
スモークこそかかってるが流れるそれはとても綺麗であることを今でも証明できるほど思い出せる。
その流れを私に当てはめてみた。
こんな空想じみていて哲学的な事はしたことないし、する柄ではないが重い空気に包まれている車内ではそれしかすることができなかった。
「早くて、・・・なんて綺麗なんだろうねえ・・・」
結論はそれだけ。
この流れが人生であり、あの雲が私と会った人たち。
生憎、晴れ空なので雲は少ないが丁度私と同じ空であったから納得した。

――それは飛び去っていくモノ。

極道の家の娘と言うことで小さい頃からいろいろなモノを手に入れては、壊されていた。
生活、トモダチ、――カゾク。
恨んだことは数知れず、だ。
彼らはあんなに楽しく遊んでいるのに、私の周りにいる人間は、入れ墨や顔に威圧感のある傷を持った人たちだけだった。
それに、肉親。
自分の名前ってのは生活、ってところに当てはまるだろうか。
もう、なんもかにもどんどん浮かんでは消えていった、綺麗な雲。

――ただ、あそこにいる雲は別だと思った。

たぶん高度が高い雲なのだろう。
すごい勢いで車は走っているからどんどん雲は流れていく。
しかしその雲だけは違った。
ただ、少しずつ、ほんの少しずつ、分かるか分からないか程度に動いては、ずっとこっちを見ているのだ。

――あれは、奴だな。

度胸の据わった奴だと思ったが、本当はただの馬鹿なんだ。
本当に馬鹿、馬鹿。
何を思っているのか分からないし、こんな女に普通に接してくれた男。
そんな奴を罵倒しかしてなかった自分が恨めしい。

――もう少し話をすれば良かった。

馬鹿だから気づかないだろうし、

――もう少し甘えれば良かった。

ちょっとした馬鹿笑いをした後変な顔ひとつせず要求に応えてくれただろうし。

――本心を・・・。

高いところにいる雲だから、高嶺の花みたいなものだから、男をたとえるのもおかしな話だけど、手に掴めたら掴んでみたい、手にしたい。

「辛かったな、摩尋」
「う、うぐ・・・、う、うううう・・・」
親の言葉に泣いて答えた。
ただ泣いては涙を振り払い、あの雲を見つけては、すがるようにまた泣いた。

よく覚えてはいなかったがそれは夜中の2時頃だったと思う。
ホテルに3日間の予定で滞在し、2日目の夜中のことだ。
突然電話のベルが鳴り、私は2コールで受話器を取った。
皮肉なことに、寝ることができなかったから即座に対応できた。
「ゴロウが刺されて先ほど病院に行った」
親の声であった。
「今すぐ部屋に来い。話したいことがある」
急いで薄いカーデガンを纏い、隣の部屋をノックした。

「私たちは京都へ行く」
白髪交じりの父が今までになく神妙な顔持ちでそう言った。
「わかった」
事態は深刻を極めていることは理解できた。
だから返事もそれだけで済むはずだった。
「――摩尋、お前はここに残れ」
「えっ!?」
唐突に言われた言葉を理解できなかった。
「今から我々は京都に向かった後体勢を立て直してすぐさま裏切り者の始末にかかる」
裏切り者の顔が浮かぶ。
そう、私の一番のモノを壊した奴の顔を。
「だから、若いお前を連れて行くことは、できない」
「で、でも!!」
一瞬の沈黙。
「・・・すまんな。これは親の最後の我が儘だ」
父はそう言いながらゆっくりと頭を垂れた。
「・・・こいつも残しておきたいんだが、一緒に来るって聞かないんでな」
後ろにいる母の方をちらっと見る。
母の目は、やっぱり泣いていた。
「・・・いいか、よおく聞け。俺たちはこの先どうなるか分からん。死ぬかもしれんし、生きてお前の顔を見るかもしれない。だから、お前は絶対生きていて欲しい。・・・それにお前は若い。今からでも全然間に合う。好きにこの道から外れて存分に遊べ」
父が私の肩に手をつき、震える声でそう言った。
涙を我慢しているのが分かった。
私は、既に泣いていた。
「金は用意してある。だがちゃんと考えて使うんだぞ。それに奴らに感付かれることが無いようにな。大手振って生活するのは当分待て」
そう言いながら太った封筒を押しつけるように手渡された。
大量の使用済み札束が入っていた。
「これで、生活は困らないはずだ」
恐らく300万はある。
確かに生きていく上では心配ないと思われる。
「・・・早く支度をしろ。そろそろ出なければならない」

ホテルの玄関から逸れたところで話をする。
これが最後の会話になるかもしれない。
「大丈夫だ、お前の事は内密にしておく。絶対に心配をかけないようにする」
私より自分のことを心配して欲しかった。
「隠れて生活しろよ。ばれたら承知しないぞ」
わかってる。
「・・・それでも本当になんかあったら、屋敷に来い。組の人間がまだいるはずだからな。なあに、信頼の置ける奴らだ。お前を守ってくれる」
なんで私のために残すの?
自分たちを守らないの?
「じゃあ、な。終わったら迎えに来る」
黒いワゴンのドアを開ける。
父はさっさと乗ったが、母はずっとこっちを見ていた。
そして、ただ一言。

「ごめんね、がんばってね」

私をぎゅっと抱きしめ、母と父を乗せた車はその場を走りすぎた。
残された私はあの感触を忘れないようにうずくまりながら、やっぱり泣いた。

歩いていた。
あの街を。
何の地図も目印も知らず。
だからこれはツバメが自分の家に戻るのと同じなのかもしれない。
夕方の街並みはいつもより綺麗で、私を見ると露骨にさける生徒や他の人がいなくて幸いだった。
どでかい鞄を持ち、虚ろな足取りのこんな姿を見られたら何を言われるか分からない。

――だから、あいつの家の前にすんなりといけたのも何かの幸運の部類なのかもしれない。

雪那の場合



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