物心ついた瞬間、俺は売られた。
比喩でもなんでもない、全くの事実、俺は金銭でのやりとりによって肉親から離れ見知らぬ誰かの家に行くことになったのだ。
そのときは何も感じなかった、親も親だったから。
俺の養育をしてくれた恩師に聞いてみると、どうやら科学者とかコンピューター関係だとか、とにかく薄暗い部屋に閉じこもってずっと何かをしてる仕事だったらしい。
だから、親の顔を知らない。

monochrome #0


「ヒューム、この皿を向こうのテーブルへ。で終わったら招待状を確認してちょうだい」
「分かった」
豪華に飾り付けられた会場の片隅で忙しなく仕事をしている。
赤い絨毯に煌びやかな絵画とかが飾られた大きな部屋。
見渡せば豪華に飾り付けられてる人々。
こんな形容は俺たち使用人しかしないであろう。
理由はただ一つ、彼ら紳士や貴婦人さんたちをメイクし宝石類を身につけてあげたり、細かいところだと靴を磨いていたりするのも俺たち使用人だからだ。
「ヒューム君、玄関先のモップがけお願いね。人手が空いたら休んでてもいいから」
「はい。分かった」
なるべく皆々様に迷惑をかけないよう、また皆々様の目に映らぬよう忍んで働く。
使用人が会場にいることを考えさせないためだ。
パーティーは彼らたちだけのもの。
使用人はいてはいけないものなのだ。
「・・・」
人がいなくなったのを見計らってモップをかける。
大理石で作られた床はよりいっそう光沢が増す。
と、ここで誰かの足がぶつかる。
避けない方が悪い、と思うのだがそんな言葉言える立場ではない上、ずっと下を向きながらモップをかけていた自分自身にも少なからず非がある。
だからこのような場合は、
「大変申し訳ございません。粗相をしました」
━━と、まあ、平謝りするしかない。
「いやあ、私だよ。ヒューム」
「あ、ダニエルさん」
よかった、ぶつかったのは客じゃない。
この人は俺と同じ使用人で先輩でもあり俺の養育係でもあるダニエルさん。
使用人の長を務めていて人望も非常に厚い。
それ故、使用人ながら今日来ている客の中にも知り合いが多数存在し、そのためこうやって玄関先に立って人々の出迎えをしている。
そして親を知らない俺にとって父親同然であり、この人からは色々なことをたくさん学んだ。
「大変だね。特に今日は」
「はい。いつもの倍の倍は来てますね」
綺麗な銀髪、そしてとても50過ぎには見えない顔つき。
「ところで休み時間はいつだい?」
「今日は俺は休みもらってないです」
今日はいつものパーティーとは全然違い、密度も濃いため休みをもらってるのはほとんどいないと思う。
ましてや、俺みたいな使用人の中でも若くて格下の人間ならなおさらである。
「ふむ、じゃあ疲れただろ。朝からあっちこっち走り回ってるじゃないか」
「いえ、ぜんぜん大丈夫ですよ」
疲れているのは疲れているのだが、そんなこと言ってられる状況ではない。
仕事はたくさんある。
「そうだ、モップかけが終わったら休憩程度の仕事を与えたいんだが」
「この後招待状の確認をしないといけないんですが・・・」
「そんなもの後ででも結構であろう。それか油を売ってる奴らにでもやらせればいい」
ひっひっひ、と愛嬌のある笑い方で話す。
この人の特徴なのだが、これがだいたいの人の第一印象になりやすい。
空気を喉の奥に引きずり込むようにして笑う、これがダニエルさんの風貌と相反しているのだ。
一見すると堅物そうな紳士なのだが、ふたを開けてみると愛らしいおじいさんなのだ。
まだ50過ぎの人をおじいさんと呼ぶのは少し失礼な物言いだが。
「じゃあ頼んだよ。場所はお嬢様の部屋だ」
「・・・」
あーあ・・・、きた。

誕生日を祝う習慣は万国共通、時代を隔てても同じである。
ある家ではささやかにケーキを家族で分け合って。
ある家では大きなプレゼントとともに。
そして、ある家である人は屋敷を飾り付け派手に祝う。
そして、ある人は誰にも祝うことなく歳を重ねる。

「失礼いたします」
会場から離れ屋敷の一角にある一室。
ここが今日のパーティーの主賓であり、本日16歳になったお嬢様がいる部屋である。
「ヒューム、髪を見てくださらないかしら」
部屋に入っていきなり命じられる。
しかしいつものことだ。
時には部屋に入る瞬間、いや、部屋に入る前からいきなり怒鳴られることもしばしばあるくらいだ。
「はい」
ゆっくりと歩きながら近づく。
どうやらお嬢様のメイクをしていた女中の人たちはもう下がったらしい。
「・・・」
ゆっくりとお嬢様の髪をブラッシングする。
腰まである髪は紅茶にミルクを溶かしたような透き通った色をしていて、綺麗なウェーブがかかっている。
━━この家に入ったときから、俺はこの髪を守る役目を持っている。

5歳の頃の話。
俺は売られた。
理由はよく分からない。
金銭のトラブルか、はたまた俺が煩わしくなったのか。
今でもよく分かっていないその理由のせいで、━━いや理由なんて無いのかもしれないが、俺はその日エーデルフェルトという名家に使用人として生きることになった。
よく覚えていないが、その日から俺はTシャツとジーンズという普通の餓鬼から、ワイシャツネクタイの見かけは立派な使用人に変身した。
そして同じ日に新しい親となったダニエルさんに会い、━━徹底的に紅茶の入れ方を教わった。
━━それはもう、色々な意味が重なって地獄の日々だった。
とにかく一日に何度も紅茶を入れるのだ。
5歳の子供、大人びていたとは言うが、それくらいの年齢の餓鬼には使用人という仕事では掃除と簡単な荷物持ちくらいだろうか。
もちろん、育ち盛りの子供だったから教育も受けないといけないし、遊ぶとき位もあった。
だけど、使用人としてやることと言ったら、━━紅茶の入れ方のレッスン、これだけ。
ほぼ毎日、最低1時間は絶対に紅茶を入れている俺。
滑稽な少年時代かもしれないが、自慢じゃないが一回も反抗はしたことはない。
理由としては、俺自身大人しい性格だったし、周りに自分と同年代の人間は一人もいなかった。
いたのは、自分と同じ身分の大人の使用人と滅多に見ないエーデルフェルト家の人間。
暴れる理由もなかったし、そのころ自覚していた「売られた身」という重り、この二つの要因がうまく自分をコントロールしていた。

8歳の話。
俺の誕生日であった。
十分すぎるほどの養育を受けつつ使用人としてもなかなか成長し、その日初めて紅茶を入れてダニエルさんに褒められたことを覚えている。
ダニエルさんの入れた紅茶はいつも美味しかった。
あまり甘くはなく透き通った夕焼け色で、その中にミルクを落とし綺麗に白く濁るのを見るのが楽しみの一つであった。
そのダニエルさんが褒めてくれたのだ。
嬉しかった記憶。
騒ぎもしなかったし、飛び跳ねてまで喜ばなかった。
ひっひっひ、と笑いながら喜ぶダニエルさんの顔を見ながら口が裂けるくらいの笑顔を作っただけ。
それでも生まれて一番嬉しかったことだった。
━━これがその日の朝の出来事。
で、日が昇るにつれどんどん慌ただしくなった。
いつもは人の少ないロビーもどんどん人が集まり飾りが付けられ、裏庭ではいつの間にか楽器隊が練習していた。
そのうち、日が暗くなりお客が集まる。
そのとき初めて、パーティーなんだ、と気がついた。
ダニエルさんは玄関先でお客の相手をして、俺はやることもなく使用人の部屋の談話室で時計の音を聞きながら椅子に座っていた。
遠くからはバイオリンやピアノの演奏する音が聞こえた。
することもなく、話す相手もなく、顔をテーブルに埋めてひっそりとパーティーが終わるそのときが来るまでぼーっとしていた。
━━ああ、そういえば俺、誕生日じゃん
テレビや童話の挿絵で見た光景が浮かぶ。
きらきらと飾り付けられた部屋、テーブルの真ん中には天井に着きそうなくらい大きなケーキ、ごちそうにプレゼント、父親と母親。
━━俺は?
誰もいない部屋の中で、何もない、あるのは誰かが置き忘れたタオルと本が載っかったテーブル、ごちそうなんかはなく後でダニエルさんか誰かに貰うごはん、もちろんプレゼントなんかなく、━━父親も母親もいない。
ふいに辛い気持ちになって、振り払うため時計の音を聞くことに集中した。
終わればダニエルさんや使用人の人たちが祝ってくれる。
去年もささやかだったけど誕生日会をやってくれたし。
そう思いながらウトウトしているときだった。
「Happy birth day...」
思わず後ろを振り向いた。
だけど、誰もいなかった、いるわけなかった。
ここでパーティーのことを思い出し、ああ、俺じゃない誰かのための歌か、と分かった。
それが、羨ましかった。

「そろそろ時間かしら」
鏡に映った唇が動いた。
もちろん動いたのは俺ではなくお嬢様。
「たぶんそうですね」
ぶっきらぼうに答える。
もう長い仲であり、同い年であるためもあるためか、いつの間にか敬語は使うにしてもこんな風にしゃべっている。
「縛りますか、髪」
「うん、いいわ。このままで」
ブラッシングも終了し、そろそろ行かなくてはと促す。
そしてお嬢様はすらっと立ち上がり軽く後ろを振り返りながらおかしなところがないかチェックする。
「大丈夫かしら?」
「大丈夫です」
俺の方が20センチほど身長は高い。
だけど今はヒールも履いているせいか若干いつもより高く見える。
「じゃあ行きましょうか。ついてきてらっしゃい」
「かしこまりました」
ドアを開けお嬢様が出る。
会場から見て、階段の上から本日の主賓が姿を現した。

9時の鐘の音が館に響いた。
じっとしてるのに飽きた俺は会場であったロビーに行くことにした。
そこは、もう人も少なく使用人の人たちがテーブルやら椅子やらを片づけている最中だった。
━━あれ、なんでだ。
いつもはもっと遅くまでやってるはずなのに。
「ヒューム」
声に振り向くと、そこにはやはりダニエルさんがいた。
「どうしたんだい、そんな顔して」
「なんにも・・・」
どうやらそのときの俺の顔は散々だったらしい。
「あ、そうだ」
わざとらしくそう言いながらダニエルさんは後ろ手で隠していた包みをこちらに手渡した。
「誕生日おめでとう、ヒューム」
ダニエルさんの両手では手のひらに収まる程度の大きさだったけど、あのころの俺の手はそれを包み込むほどの大きさではない。
だから、そのプレゼントが実際より大きく見えた。
「ありがとう!!」
単純な子供だった。
だからすんなりと喜ぶことができた。
拗ねるなんて動作もせずにその包みを開けた。
果たして出てきた物は、蝶ネクタイだった。
「ヒュームには少し大きすぎるかもしれないがな」
ダニエルさんはその蝶ネクタイを取り上げると屈んで俺の首に付けた。
真っ黒なそれを今でも使っている。
「さて、ヒューム、君に大きな仕事をしてもらわなければならない」
蝶ネクタイをつけ、もう立派な使用人だと思いこんだ俺は元気に返事をした。
「もしかしたら君へのプレゼントになるかもしれないが・・・、いやそれはどうなるかな」
愛嬌のある笑顔を浮かべ自問自答した。
そのころは何のことだか分からなかったが、今では何となく意味が分かる気がする。
「ええっとね、君にはプレゼントになってもらうんだ」
「え、なにそれ」
「さあ、ね。まあついてくれば分かるんじゃないか」
蝶ネクタイというリボンをした俺は、階段を上った先の部屋へ連れて行かれた。

拍手喝采。
まるでオペラ女優かなにかと思われるほどだ。
豪華なドレスを身にまとい優雅に階段を下りるこの館の主であるお嬢様、エイミーン・エーデルフェルト。
本日17歳になったばかりである少女の面影を残したもう立派な女性である。
そのお嬢様の後ろについて歩く。
客の数は100はいるだろうか。
その100人分の目が階段上のお嬢様へ向けられている。
「・・・」
無言のままお辞儀をし、1階に降りるお嬢様。
優雅であり気品があり、もう言葉では形容しがたい。
そのくらい美しく立派な俺の雇い主。

子供だ、女の子だ。
ダニエルさんに連れられ入った部屋の中にいたのは数人の使用人と、一人の女の子。
ドレス姿に長い髪の毛、そして背は少しだけ俺より高かった。
しょうがない、この年の男子は女子より大概背が低いのだから。
「ヒューム、挨拶をしなさい」
ダニエルさんに言われる。
いや、なんでだ、と反抗的な態度を示すためダニエルさんの方を向いて目配せをする。
しかしダニエルさんの表情は変わらない。
相変わらずにこにこしたままずっとこっちを見ている。
すなわち、ぐずぐずするな、さっさと挨拶くらいしろ、ってことだ。
諦めて前をむき直し、その女の子に向かって深くお辞儀をする。
「ヒューム・アイスタジム・・・です」
俺と同じくらいの子供に何で敬語を使わなければならないとか、色々疑問はあったが、とにかく使用人の態度を取った。
その女の子から発せられる、威厳というか、嫌な電波見たいのを幼かった俺なりに感じ取ったからだ。
「ダニエル、この子が私のメイドでありまして?」
その女の子が発した言葉に俺はムッとした。
なんでおまえなんかがダニエルさんを呼び捨てに呼ぶのかと。
「ええ、今日からお嬢様のお世話やお話相手になるヒュームです。どうぞよろしくお願いいたします」
びっくりしてダニエルさんを方向をまた向く。
しかし今度はダニエルさんの手によって強制的に前を向かされた。
その手は頭を優しくつかんで、撫でたようだった。
「ふーん・・・」
つかつかと俺の前へと歩を進めるお嬢様。
「・・・なに」
「聞かないの?」
「なに、・・・をですか?」
「私のなまえ」
そういえば、知らなかったな。
「なんて言うの?」
「エイミーン・エーデルフェルト。『まじゅつし』よ」
まじゅつし、という単語がそのとき分からなかったが、とにかく凄いものなんだと感じた。
「よろしく、お嬢様」
とりあえず握手だけしてその夜が終わったのを覚えている。

パーティーは大成功に終わった。
11時の鐘が鳴り、お嬢様と俺と数人の使用人は初めて俺たちがあった部屋、つまり化粧室を含んだ一室にいる。
そのうち使用人も部屋から出て自然とお嬢様と俺と二人きりとなる。
「ふう。疲れた」
地が出る、というが、地が出ても気品はそのなわないのがエイミーンお嬢様である。
お姉様のルビヴィアゼリッタお嬢様はどうやら凄いと聞くが・・・。
これは生まれつき、というか、その人間のそのものなのであろう。
本能がこれなのだから。
「何か飲みますか」
俺も少々疲れたが、ある意味で疲れるのが仕事なのだから泣き言を言ってられる立場ではない。
「そうね。冷たいものを頂戴」
「かしこまりました」
ともかく、アイスティーでも作ることにした。
「・・・ヒューム」
「はい、なんでしょうか」
「ちょっとこっちに、・・・いらっしゃい」
何だろうと思い手早くアイスティーを作り持って行く。
「はい、アイスティーです」
「あ、ありがと・・・」
しどろもどろになりながら受け取るお嬢様。
なんか、おかしい。
「どうかなさいましたか?」
「あ、あのね。・・・うん」
そして意を決したかのごとくうなずき、━━紙袋を突き出すようにこちらに差し出した。
「・・・誕生日、おめでとう・・・」
・・・意表をつかれた。
何というか、びっくりした。
「・・・どうしたの、受け取れないとでも」
「い、いえ!・・・あり、がとうございます・・・」
中身は、カットソーシャツと普通のワイシャツであった。
縦縞の入った普通のシャツと黒と赤の派手目の色合い。
好みに合う事ながら、驚きと一緒にうれしさもこみ上げた。
「ありがとうございます。お嬢様」
「あ、貴方の誕生日ですもの。雇い主としては当然のことですわ」
真っ赤になりながら反論するお嬢様。
「はい」
「・・・それに、貴方まだ私のことは祝ってくれないのね」
「ああ、失礼いたしました。お誕生日ありがとうございます、お嬢様」
後出しだが、祝わなければ。
「で、・・・プレゼントなんだけど・・・」
「・・・すみません、用意してません」
「いえ、大丈夫よ。ちゃんとこちらで用意してあるから」
は、なんということだ?
「使用人室にお姉様から借りた宝石台がありますの」
自分の中の自分が悲鳴を上げた。

その夜、ぶっ続けで宝石をカッティングした俺は明くる朝に完徹の目でお嬢様に指輪を渡したのは笑い話であろうか。


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