心に傷を持った者、というのはちょうど今の俺のような人間を指すのであろう。
3ヶ月前のあの数日間。
人の一生のように長く、鳥の鳴く声のように短く透き通ったような日々。
あの日、あの朝焼けの下で呟くように残された一言。
「あなたを愛している」
その言葉を残した彼女は、一陣の風と共に世界から無くなった。

一話

-like opening a world-


6月の10日。時計は丁度5時を指していた。
カーテンも閉めずに寝てしまった。それもしょうがない。
遠坂の魔術講座のせいで帰ってきたのが1時過ぎ。シャワーを浴びて、すぐにばたんと布団に転がったのだ。
このところ遠坂は容赦ない。
毎日ズタボロにされて帰ってくるのだ。
外は昨日の雨を引きずってか、空はねずみ色に雲を抱えていた。
でも夜には晴れると言っていたので明日はきっと晴れ晴れとした朝を迎えることができるだろう。
さて、さっさと朝飯を作るとしよう。

ええと、昨日大根の輪切りが余ったからふろふき大根に。
あとは鮭の切り身に・・・。
作業を淡々と行う。
ずっと前から続けていること。
過去も未来も。
時々、味気ない、と感じてしまうこともある。
毎日がどんちゃん騒ぎ、腹から笑って、怒って、泣いて。
それはそれでとても楽しい。
だがあの日々を過ごした人間にはあまりにもどうでもいいことなのかもしれない。
死と隣り合わせの十数日間。一時も安まるような感じはなかった。
そしてセイバーとの出会い、別れ。
でも、その穴を埋めることはできない。
誰も彼女の代わりになることはできないし、なって欲しくもない。
・・・何を考えてるんだ。
ああ、まだ未練を引きずってるんだ。
あいつなら修行が足りないって一喝するんだろうな。
・・・引きずりすぎだ、気をしっかり持て、衛宮士郎。
強くなるのだ衛宮士郎よ。
時計をちらりと見た。
桜が来るまでまだ時間はあるな。
少し体を動かそうと思い道場へ向かうことにした。

6月という季節は雨期である。
そのためどうしても空気にはじめじめっとしたものを感じる。
しかしここにはそんなものは感じない。
神聖な場所なんだ、と思う。
ここには一切の邪気が存在しない。
空気は澄んでいて中に差し込む日の光は柔らかい。
もっとも、本日のお天道様はご立腹であるが。
道場の片隅に目を向ける。
あの場所でよくセイバーは座っていた。
目を瞑りながらながら正座をし、心を無に。
その姿に尊敬と、綺麗という感想を持った。
今でも道場にはいるとセイバーが座ってる、という錯覚に陥る。
「・・・病んでるな」
一切の迷いを振り切るため俺は鍛錬を開始した。

「ふむ、今日もおいしいわね」
藤ねえの声。
「先輩、お味噌取って頂けますか?」
「ほれ」
三人での団らん。
「ふふふ、大根頂きい!」
「あ、こら藤ねえ!」
これが変わったらいささか問題であるが。
「藤村先生、言って頂ければ私のをあげましたのに」
「駄目よ桜ちゃん。こういうのはあんまり体を動かしてない人間から取るもんなんだから」
「そこまで飢えてるのか?」
「飢えてるなんて人聞きの悪いこと言うわねえ。ただおいしいから頂戴しただけじゃない」
邪気のない顔で答える藤ねえ。
いや、邪気のないのは顔だけで食欲は真っ黒なんだろうな。
「ほら桜も食べる、なんだかさっきからあんまり箸が進んで無いじゃないか」
「いえ、先輩・・・食べてますよ・・・」
「あら桜ちゃん、健康的な体じゃないと男の子に持てないわよ」
「ふ、藤村先生!」
遠坂に似た悪意のある笑顔で攻める藤ねえ。
重箱の隅を突っつく時は似てるものだ。
「かといって士郎も士郎じゃない。あんまり食べてないってあんたに言えるの?」
「む、これでも食ってるぞ。藤ねえは食べ過ぎなんだよ。そのうち食料が本当になくなるぞ」
「むふふ、そしたら士郎に食料調達してきて貰うもん」
おいおい、本当に喰い尽くす気か、この底なし食欲の猛獣は。
「ふふふ、そしたら先輩、私も手伝いますね」
「頼む桜・・・。本当に遠い未来のことじゃない、って本能が・・・」
一生をこの虎に食わせるために頑張る俺の姿を想像してぞくっとした。

「じゃあ藤ねえ、桜をお願いな」
「まかせなさーい。いくよ桜ちゃん」
「では先輩、行ってきます」
6時半。
藤ねえと桜が登校する時間だ。
いつも通り玄関で見送り一息つく。
よし、今日も頑張るか。
一服した後、威勢良く外へ飛び出した。

空は相変わらず不機嫌そのものである。
今にも降り出しそうでありながら懸命に耐えてるようである。
「あ、傘」
こりゃあ降り出したら帰れないかもな。
もう一度空を見る。
灰色の地球の天井。その隙間から白い光がこちらを見下ろしている。
視線を元の道に戻すと見慣れた姿がいた。
「よお、遠坂」
「ああ、おはよう衛宮くん」
うわ、なんだかすっごく不機嫌だ。
「なんか機嫌悪そうだな」
とばっちりが飛んでくることも恐れず聞いてみる。
どうせこのもやもやを取らない限り俺は痛い目を会うだろう。
それなら一番最初に一発食らった方がいい。
「うん。今朝桜と一緒にご飯食べる予定だったのに先にさっさと行っちゃうから。おかげで今朝は朝ご飯抜き」
「朝飯食べない主義じゃなかったのか?」
「それこういう話になる度に切り出すわね・・・。あんたには関係ないじゃないの」
ぷくっと顔をふくらめ抗議する。それはそうだが、作るのは俺だ。
「それに士郎が帰った後机で寝ちゃって。おかげで肩がなんだか痛いの」
首をこきこきと回しながらため息をつく。
そう、今でもこんな風にあの時と変わらず遠坂とは日常を過ごしている。
聖杯戦争。
7人のマスターと7体のサーヴァントによる殺し合い。
その戦争の中に俺と横にいる遠坂は身を投じていた。
結果、間桐慎二、そう桜の兄がバーサーカーによって命を落とした。
そのため今はこうして遠坂の家にやっかいになってる。
「それはすまなかった。夕飯はご馳走する」
「んな、謝ることじゃないでしょ!・・・あ、いや、夕ご飯は作ってもらうけど」
複雑な顔してこっちを睨み付ける。
遠坂という人間は変わらないのだな、と改めて実感した。
「じゃあよろしくね。その後びしばし鍛えてあげるから」
むふふ、と悪戯な笑顔。
多分このあくまには一生勝てる気がしない。

学校の正門が見える。
この時間帯は登校する生徒が最も多い。
それだけ遅刻予備軍が多いのだろうか。
「あら」
「うん?どうかしたか遠坂?」
「衛宮くんは分からないか。微弱だし」
「遠坂・・・、からかわないでくれ・・・」
それほど微弱なのか、それとも俺が未熟なのか。
どちらにしろちょっと傷つく。
「ええと少しだけど魔力を感じるなーって」
「・・・魔術師か?」
「でしょうね。悪意ある人間じゃないことを祈るけど」
「おい大丈夫なのか?」
「大丈夫も何も学校のど真ん中で魔力をぶちまけるわけにもいかないでしょ。それに心当たりが無いなら関わる必要はないわ」
確かに。
相手が魔術師であれ不必要に探るのはあまり褒められたものではない。
それならば互いに干渉しないのが理(ことわり)だ。
「じゃあ私はここで失礼するわ。衛宮くんも遅れないようにね」
そう言ってぱーっと駆けていく遠坂を見送るとしばし考えた。
・・・うむ、心当たりはない。
最近じゃ売られた喧嘩も買われた喧嘩も無いし。
ましてや俺が喧嘩する相手にまず魔術師なんていないし。
立ち止まっていると耳にいつの間にか鐘の音が。
「あいつ、分かってて俺を置いてダッシュしたな!」
愚痴一つ、全速力で校舎に向かった。

セーフ、まだ藤ねえは来てない。
三年生になっても担任は藤ねえであった。
そのときの
「さあ今年も覚悟しなさい士郎!びしびし鍛えてあげるからねえ!」
の一言は今でも忘れることができない。
ドスドスドス・・・。
噂をすればなんとやら、当の本人のお出ましのようだ。
「みんなー遅れてごめんねー!」
本当に遅れていることに焦ったのだろう。
ドアが閉まってたら突き破っていたに違いないと思うほどの勢いで入ってきた藤村先生は、
「いやいやあ、ぎりぎりセーフかな?」
と明らかに遅れてるのにそんな発言を口走りながらそのまま速度をゆるめず、
「あ」
と悲鳴とは違うような気がする一言を言ったのか言ってないのかは定かではないが、
ドッゴーン!!
と、おもいっきり教卓をなんと窓際まで吹っ飛ばし
ぎゃー!
と女性とは思えない悲鳴を出し
がっしゃーん
自らも教卓といっしょに倒れた。
・・・。
・・・。
・・・気まずい。
周りは一切口を開かずこの惨劇に唖然としている。
時間が止まっているのが分かる。
「だ、大丈夫ですか藤村先生!」
ともう一人、たった今この教室に入ってきた、いや、遅れて入ってきた一人によって時間が流れ出した。
「あたたたた、私は大丈夫。すみません先生」
腰を打ったのか、さすりながら立ち上がる藤ねえ。
しかし壁まで吹っ飛ばされた教卓は再起不能よろしく見るも無惨な姿で転がっていた。
後から聞いた話、床には衝撃の跡が残されていたとか。
だが、周囲の興味はそんな哀れな教卓より藤ねえの後に続くように入ってきたもう一人の人物に向けられていた。
「ええと、皆さんに紹介します。今日からこの学校のALTとなったナタリー・グリーン先生です。じゃあ先生自己紹介お願いします」
「はいご紹介にあずかりましたナタリー・グリーンです。イギリスのロンドンの方から来ました。気軽に『ナータ』って呼んでください。それでは今日からよろしくお願いします!」
ぺこりとお辞儀するナタリー先生。その姿にその場全員の男子生徒がざわめく。
ひそひそ声は新しく来た人間に対する評論だろう。
その評価は言うまでもなく
「おい、マジ可愛いじゃねえか・・・」
誰かが言ってくれた。
腰まであるブラウンヘアー、整った顔立ちは笑顔を絶やさず柔らかさがある。
確かに本物の美人である。
「はいそこ、勝手に話をしない!で、ナタリー先生は今日の朝日本に来たばかりでいきなりこの学校に向かってくれました。しかも日本語はぺらぺらです。なるべく先生に失礼の無いように、この学校の頭のいいところを見せつけてください!」
冗談か本気か分からない言葉を支離滅裂に口にする藤ねえ。
「じゃあホームルーム終わり。あ、士郎は教卓を直すしといてねえ」
じゃあ先生行きましょう、とこの教室から連れ出す藤ねえ。
渋々手早く教卓を引っ張り上げ同情しつつビニールテープで素早く修繕した。

一日中話題は今日来た者の話でいっぱいであった。
男子は熱に浮かれ一日中ぼーっとしてたに違いない。
対照的に女子の方は嫉妬してるのでも思ったが
「ナータかわいいねー」
などと賞賛の声を発していた。
あの笑顔は女子にも好意的に映ったのだろう。
美人なくせ親しみやすく日本語も通じるナタリー先生は一日目にして絶大な人気を作り出していた。
「なかなかいい先生らしいな」
昼休み。
生徒会室でいつもの通り一成と食事をする。
「お前がそんなこと言うなんて珍しいな」
「喝、善人と悪人との違いなんぞ一目で分かる」
はっはっはと笑いながら茶を啜る姿はあまりにも周りの高校生とは歳がかけ離れていた。
「お、そうだ忘れていた。許せ士郎」
「いきなり謝られても困る。なんだ?」
「藤村先生がお前のことを探していてな。昼休み職員室まで来るようにと言付けを頼まれていた」
手を合わせて深々と謝る一成。
それよりも呼ばれる理由が分からない。
弁当かもしれないが俺の分は完食したし、いや残ってたとしてもくれる気はないのだが。
「分かった。ありがとう一成、じゃあちょっと行ってくる」
茶を啜る一成を後に職員室に向かった。

見たところ怒ってる様子もない。弁当は自分で用意したのかプラスチックの黒いものが見える。
一緒にナタリー先生と食べていたらしく職員室の一角にあるソファーと長机で構成された空間には二人が陣取っていた。
「あ、士郎」
「なんだ藤ねえ。弁当ならないぞ」
一応牽制しとく。
「む、そんな話じゃないの。大切な話があるんだからあ」
職員室にいる教師に向かってあだ名で呼んだことも咎めずとりあえず座れと指示された。
「で、大事な話って」
「うん、じゃまず横にいる先生はナタリー先生。今朝空港から直接本校に来たのね」
こくんと小さくお辞儀する。それに併せて俺も頭を垂れる。
「大変なことにねえ日本に行くっていきなりなことなんだったって。だから日本で生活するためにあんまり準備ができなかったらしいのよう」
ナタリー先生は口を挟むことなく藤ねえの話を聞いている。
「まあそう言うわけで日本滞在のために住むところがないらしいのね」
それは大変だ。
いくら日本も治安がいいとはいえ野宿は無理だしホテルでの生活も金銭的に無茶な話だろう。
「だから士郎の家の部屋、貸してあげて欲しいのよ」
・・・。
・・・。
っへ?
「なん、だ、って?」
「いやだから遠坂さんも一時期住んでた実績もあるんだしナタリー先生を置いといて欲しいのよ」
う、む。
冷静に言い返せる言葉もないので、とりあえず
「何言ってるんだあんたはーーーー!!!」
場もわきまえず爆発してみた。
「落ち着きなさい士郎。ここは職員室よ」
普段落ち着かせる相手に逆に落ち着かされた。
「だ、だっ。なら藤ねえの家に・・・」
「そうしたいのは山々だけど、あの若い衆の中に先生を放り込むのもどうかな、っておもって」
ああ、それは危険だなー、っておい。
「なら今すぐアパートか何か借りりゃあいいじゃないか!」
「だって士郎の家ならタダだしご飯もおいしいし」
腰に手を当てて何かを諭すように言う藤ねえ。
その諭す相手というのは俺なのだが。
しかもあまり人の少ない職員室の教師たちは俺を注意するより、そのままにしといてどのように転ぶかに興味津々のようだ。
「大丈夫よ士郎。私も一緒に士郎の家に泊まるから」
何が大丈夫なのかよく分からない。
前遠坂が居候した時には物凄い剣幕で怒鳴り散らしていたくせに。
「が、だ、・・・、ナタリー先生はそれでいいって言ってないだろ!」
「え、さっき話したら『ご飯がおいしいところなら〜。』ってすっごく喜んでたわよ」
ちらりと横を見る。
当の本人は縮こまって湯飲みを口から話さずこちらを見ている。
なんだかその姿を見て子犬を想像した。
「む・・・」
「はい決定〜。ナタリー先生許可貰ったわよー」
はははは、と腰に手を当て天に向かって高笑いをする藤ねえ。
反対に俺は机に手を当てうなだれていた。
「じゃあ、握手握手。こっちが士郎でこちらがナタリー・グリーン先生ね。はいよろしくー」
「・・・本当に申し訳ないです」
何故か謝っておくと、
「いえいえ本当にありがとう、今日からよろしくね士郎君」
日本人と違わない日本語で礼を言う顔には安堵が戻ったようだった。

「で、結局折れたんだ」
ちゅーっとストローからオレンジジュースを吸い取りながら。
「ああ、あの猛獣と顔を合わすには相当に鍛錬しないといけないらしい」
屋上。
負けてどんよりしているところに遠坂が俺を捕まえてくれた。
今すぐにでも愚痴を吐きたいと思ってた所に丁度よく通りかかってくれた。
「この調子だと俺の家にあと何人住むのだろう・・・」
「天井裏に巨大な招き猫でも巣くってるんじゃないの、士郎の家」
そんなのいたら今すぐにでも廃品回収に出さなければ。
「ところで気づいた?」
「は、何に?」
「あの先生」
あの先生・・・。
「ナタリー先生がどうかしたのか?」
「まだ気づかないのあんた!?」
口をぽかーんと開けて驚いている。
衛宮士郎という人間はよほどまたとんでもない発言をしたらしい。
「分からないものは分からない。俺は何に気づけば良かったんだ?」
「はあ、今まで何教えてきたのよ私は」
怒り半分呆れ半分と言ったところか。
曇り空に溶け込むようなため息。
「いい?私、今朝正門の前でなんて言った?」
「正門の前・・・」
思い出す。
桜のせいで朝飯がどうのこうのってはなしは正門の前じゃないし、肩が痛いからとか、夕飯作れとか・・・。
そこまで来てはっとした。
「魔力・・・」
「まあよくここまで鈍感なのかな、こぉのあんぽんたんは・・・」
眉間に手を当て本当に呆れてるご様子。
「そうよ、あのナタリーとか言う先生、魔術師よ」
「え、なら・・・」
「安心して。悪意はないだろうし本当にただのALTとして来ただけだろうし」
表向きは魔術師とはいえ一般的な人間だ。
人間である以上生活しなければならない。
そのためには仕事をしなければならないし、俺たちのように学校にも行かなければ。
「まあなんにせよ警戒はするだけしときなさい。そいつが士郎の家に来るんだからね。用心に越したことはないわ」
ふん、と鼻を鳴らしながら
「じゃあ、今日のご飯楽しみにしてるから」
と一言残し
「あ、桜に会ったら家主が怒ってた、って言っておいて」
もう一言付け加えた。

運良くお天道様は痺れを切らずにすごしてくれたようだ。
明らかにねずみ色にさらに黒を混ぜたような空の色は午後4時現在も涙流さず耐え抜いている。
こんな日はさっさと帰りたかったのだが。
「じゃあナタリー先生の荷物を運ぶの手伝ってね」
遠回しに濡れて帰れ、って言われた。
で、ただいま俺は会議室にいるのだが。
「あ、士郎君。じゃあ手伝って頂戴ね」
ナタリー先生は数人の女子生徒とたわいもない話をしていた。
「分かりました。その荷物はどれですか?」
わざわざ藤ねえが俺を呼び出したってことは女手一人二人では持てない量なのだろう。
家に帰るがてら荷物の一つや二つくらい持っていったってどうってことはない。
が、俺の今後2時間の運命はよく染みこんだ南瓜の煮付けより簡単に崩れ落ちた。
「ええとあれなんだけど、大丈夫かなあ」
指さした先を見て
「は」
思わず口走った。
室内の一角を占める荷物の塊、であろうか。
面積にしておよそ二畳、高さは3メートル。
その空間を、
こんなものどうやって学校に持ち込んだんだこの人は、
って呟いてしまうほどの段ボールが占拠していた。

普段話をしない教頭先生と話をした。
別に生徒に嫌われているわけでもなく逆に好かれているわけでもない。
それなのに、
「ひょっ!?」
とあまりにも可愛い声でこの荷物に対する感想を述べた教頭先生に一種の好意を抱いた。
「あー・・・、はい。分かりました。どうぞ使ってください、藤村先生」
と学校所有のトラックを借りられたのは不幸中の幸い、いや、これを全部人間の手によって運ぶとなると何日かかるか。
「教頭先生ありがとうございます」
ぺこりとお辞儀するナタリー先生。
「いえいえ、お役に立てて嬉しいですよナタリー先生」
静かな笑みをたたえて受け流す教頭先生。
おお、男だ、と思ってしまった。
「じゃあちゃっちゃっとやっちゃいましょうか!」
腕まくりをしながらむふぅと吼える虎一名。
その後ろで
「はい頑張るぞーえいえいおー!」
「えいえいおー・・・」
と弱々しく応じる弓道部諸君。
なぜ彼らが戦闘に駆り出されてるかというと、
「ナタリー先生の荷物を運ぶのと、腕立て50回をええと60セット、どっちか選んで頂戴」
などと顧問に言われたら必然的にこちらを選ぶだろう。
おいおい、弓道部顧問、今から部活終了までだいたい2時間、マジで3000も腕立てやらせるつもりだったのか?
腕が引きちぎれるぞ。
結果三年生全員と一部の一・二年が戦地へ飛んだ。
「ナタリー先生のお荷物・・・凄くいっぱいありますね」
やはり戦闘部員の一人、桜もこの量には絶句したようだ。
「・・・ナタリー先生、つかぬ事をお聞きしますがこの中にはいったい何が・・・」
なぜか藤ねえに捕獲された遠坂も同様だ。
「うーん、仕事道具がほとんどかな。あと少し私物が混じってるくらい」
この人の本職はなんだ、いったい。
魔術師をのぞいてもこの荷物の量は尋常じゃない。
これらが俺の家に届くと思うと・・・。
「お前も大変だな衛宮」
一成も駆けつけ一緒に加わった。
これも生徒会長のつとめ、という。
「さあ、さっさとやっちまおうか。よし運ぶぞ」
美綴が指示する姿は本物の戦地。
ああ、怪我人が出なければいいな、と思った。
「すまない美綴。大会が近いってのに」
「なあに、私も腕立て50を60もやりきるつもりはない。ボディービルダーになる訳じゃあるまいし」
けたけたと笑いながら段ボールを部員と一緒に持ち上げる。
「よし、じゃあ私もやるわ。衛宮君、やばそうだったら手伝って」
「ま、まて遠坂そんな大きい物一人で・・・」
その声は届かず、
「大丈夫よ、よい・・・、わっっきゃああああああああ!!!
・・・頑張れ学校一の才女よ。

「じゃあ、ナタリー先生の日本でのご活躍を祈ってかんぱーい!」
「かんぱーい!」
グラスとグラスを重ね合い、がしゃんと気持ちの良い音をたて喜びや希望を分かち合う瞬間。
そして中身を胃に流し込み、再度この祝福が訪れんと願う一時。
でも何故この場(衛宮家)でこの人たち(教師、生徒、子供、及び虎一匹)が飲み食いしいてるのか。
説明しよう。
あの後トラックで運び、無事運搬と奴らへの説明も済んだ後、予想、いや第六感のお告げの通りこいつらが残った。
そして教頭先生は、ははは、と笑いながらトラックをつれて帰って行ったのだ。
最後まで男だった。
で、何故飲み食いしてるのかと言うと、
「教頭先生にナタリー先生が早く日本に馴染んで貰うように、と説得致しましたあ!」
だそうだ。
嘘を付け。
ただ単に飲み食いする口実だろう。
「おい藤ねえ、学校はどうした、学校は」
もう日本酒の入ったコップに口を付けぐいぐいっとあおってる教師様に話を聞く。
ちなみにその酒を持ってきたのはイリヤである。
「別にぃ〜。今日は5時で帰れた日だしい。部活の方も自主連を言っておいたからあ」
もうアルコールが回ってるのかいちいち語尾をのばしながら返答する。
「はいはいナタリー先生も飲む飲む!今日は無礼講なんだから!」
言いながらがばがばとナタリー先生のグラスに日本酒を注ぐほろ酔い虎。
受けに回ってるナタリー先生も初めての日本酒に、
「はーい!じゃんじゃんお願いしまーす!」
この国の未来は黒い。
と、ここで一成が
「ナタリー先生、失礼ですがお歳はいくつでございましょうか?何分若くお見えでございますので」
と聞くと
「21ですよ。ええと、一成君だっけ。飲みましょうよ、ほらあ」
とどぼどぼ一成のグラスに。
「わ、先生!未成年です!学生です!仏の道には背け・・・」
「なあに言ってるの!それに私は『ナータ』って呼んでっていったじゃないー!」
酔っぱらいに絡まれるとこうなるのか、と台所から観察できた。
「今日は人多いね」
「そして人をただでさえ多い人を凶暴化させたのはお前だぞ」
イリヤに毒づく。
残念なことに俺の気持ちは伝わらなかったらしく、もう飲みの席に戻っていった。
「がははははー!飲め衛宮!」
「待て美綴!なんでお前も飲んでるんだ!・・・一成大丈夫か!目が飛んでいるぞ!こらそこ!遠坂に酒を勧めるんじゃない!・・・うわぁ!桜あ、抱きつくなああ!」
制止するものがなくなった辺りは酒臭い戦場と化した。

「むふふぅ、いい気分〜」
「遠坂・・・引きずるぞ」
あの後比較的軽傷であった一成と美綴はそのまま返し(もっとも、警察とか学校の人間には見つかるなと言っておいたが)、虎は泥酔し横たわり、ナタリー先生も自分の部屋のベッドに。
生徒も巻き込んで飲み会なんぞばれたら職員会議では済まないな。
イリヤも今頃藤ねえとぐうすか寝ているだろう。
ったく、あの歳で肝障害起こしても面倒見切れないぞ。
桜もふらふらと不吉な笑みを浮かべていたが会話はできるようだったので早めに帰ってもらった。
・・・思い出すと抱きついてきたときの感触が・・・。
いかんいかん・・・。
落ち着け士郎、平常を保つのだ、喝。
で、残るはこいつなのだが、
「うへへへへへへ、ふらふらする」
「ちゃんと自分の足で歩けよ」
学校のアイドル、否、今ちょっとだけ危ないアイドル、遠坂凛。
現在自分を模索中。
ひゅーひゅーと息をしながら俺の肩に捕まりよろよろと夜道を歩くアイドル。
その息は果てなくアルコール臭。
恐らく体内には大量の酒が。
「ええ、士郎飲まなかったのぉ?おいしかったのにい」
「俺たちはまだ未成年だろう。飲む方がおかしいんだよ」
「おいしい物なんだからあ、そんなこと関係ないってばあ」
「俺は最低限の法律は守るつもりだぞ」
なるべく人と警官には見つかりませんように。
明日も元気に登校できますように。
祈りはむなしく真っ黒な空に吸い込まれていく。
「むぅ、士郎も素面じゃなきゃいろいろ面白いこともできたのに」

突然、ぐいっと両手で俺の顔をひねり自らの顔の前に移動させる。
「と、遠坂・・・さん?」
「『凛』って呼んでよ。朴念仁」
(アルコールの入った)吐息がかかるほど近づく。
10センチ先には至極真剣な顔がこちらの顔を見上げている。
「とうさ・・・」
「『凛』でしょ」
「り、り・・ん」
逃げようにもいつの間にか首の後ろに手を回されているので逃げられない。
何、この状況は。
「おい!目を覚ませ!自分が何やってるのか分かってるのか!?」
「あら、私は本気よ、士郎」
ちょっと、待て、何言ってるんだこいつは。
酒が入ってるとはいえ、こんなやつだったのか?
「やっぱ私じゃセイバーの分は埋められないか・・・」
「え・・・」
不意打ちされる。
こんなことを言うやつだったのか?
これがこいつの本心なのか、と疑ってしまう。
遠坂だったら口が裂けてもふざけてもセイバーを引き合いに出しこのようなことは言わないし。
「し・・ろお」
「な、なに!?」
「嫌いなの、私?」
「き、嫌いなわけあるか!」
遠坂は魔術の師匠だし学校のアイドルでもあるし・・・。
「ふーん、じゃあ・・・」
俺の目と遠坂の虚ろな目が重なる。
その顔は磨かれた宝石のように美しく、咲く花のように可憐で。
赤くなった顔がこちらを幼げに見上げる。
真っ直ぐ、真っ直ぐ、その顔が唇へと迫る。
「くっ・・・」
可愛い。
何にも形容することのできない表情。
とても愛おしく、強く抱きしめたい。
でも、俺には、思い人がいる。
一生会うことができないだろう。
それは俺の全てであり、俺は彼女がいないと完成しないパズル。
そう、セイバーは永遠にはまることのないピース。
でも今、このピースが目の前にいる彼女でも良いと思ってしまった。
答えるように唇を重ねるため前屈みになり、その唇を奪うため・・・。
「あら、こんなところで。お盛んでありますわね」

the rhapsody was performed



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