体はもうがったがたで、終いには雨まで降り出した始末。
道は暗いので雨粒を見ることはできないが、ばっちゃばっちゃって音が凄さを物語ってるのだろう。
「急いで士郎!」
「わかってる!」
水たまりの上を叩きつけるように歩く。
こうなったら制服も無事ではないだろう。
「・・・もう少し丁寧に走れないの?」
「人の背中に乗っていてその台詞はないだろ!」
黒い闇の中を、俺は遠坂を負ぶって全力で走っていた。

二話

-not all but they gonna change-


「大丈夫みたい、結界は異常ないわ」
家の前につくと、ひょいっと背中に乗っていた遠坂は自宅、いや、桜の無事を確認した。
「じゃあ桜は無事なんだな」
「家に帰ってればね」
その顔が本気なのかは暗くて見えない。
ただ、家の電気もついているので大丈夫なんだろう。
その瞬間、
「うっ・・・士郎・・・」
「だから飲むなって・・・」
アルコールは既に全身に回っているようだった。

がちゃっとドアを開ける。
ほぼ毎日来ているので勝手はある程度承知だ。
「おじゃましまーす・・・」
「はい、いらっしゃいませ・・・」
背後で遠坂が迎えてくれる。
「ともかく桜を連れて士郎の家に」
「なんで?このまま遠坂の家に、」
「・・・士郎が今日ここに泊まってくれるならいいけど!」
いきなり凄い剣幕で怒り出した。
いや、まて、今なんて言った?
泊まれと、遠坂の家に泊まれと?
「な、な、んな!女の子との家に泊まったら・・・」
即反論する。
嫌な訳じゃない。
むしろ喜ばしいことなんだけど。
でも、
「・・・冗談よ」
はあとため息をつきながら訂正する。
ついでに変な妄想も崩れ去ったようだ。
いや、助かった。
びっくりした。
・・・でもちょっと悲しい。
「このまま一晩は私の家に泊まるのが本当は一番良いけれど、でも士郎の家にはナタリーって得体の知れない魔術師がいる。それも監視しなきゃいけないのに桜一人こんな魔力の塊の中で置いておけるわけないでしょう」
「じゃあ、ナタリー先生は・・・」
「・・・敵じゃないことを祈るわ。ただでさえ聖杯戦争が始まってる可能性があるのに」
聖杯戦争。
7人の魔術師たちの殺し合い。
なんとか俺たちはその戦いに生き残った。
しかし、また繰り返されるのか?
そして、また巻き込まれるのだろうか。
「・・・本当に聖杯戦争なのか?」
聞く。
否定されればこの胸騒ぎも収まるだろう。
「・・・あんな魔力、感じたことがあるのは前回の聖杯戦争以来だった。あいつも自分はサーヴァントだ、って断言した。・・・悪夢だわ・・・。」
「なにがあくむなんですかあー?」
ばっと後ろを振り向く。
そこには赤ら顔の桜がいた。
「さ、桜?」
「あ、せんぱいだー。こんにちわー」
笑顔でぺたぺたと近づきながら、そして
「わ、桜!何をする!?」
「えへへー。せんぱい、あったかーい」
なんだ、どうした、どないなさいました!?
何が桜にあった?
「士郎・・・、にやけない。酔っているだけよ」
このとき、桜という人間にとって酒というものは遅延型の薬ということがわかった。
「・・・とにかく私は私と桜の分の荷物を持ってくるから。明日から泊まりだわ」
「ちょっと泊まりって何だ、遠坂!?さ、桜、乗りかかるな!」
「せんぱいー、あーそーびーまーしょー」
このとき遠坂の額に青筋が浮かび上がったような気がした。

2人分のボストンバックを抱えて夜の雨の中を走る。
「せんぱいー、どこにいくんですかー?」
「俺の家だけど。詳しくは遠坂に聞いてくれ」
「えー、せんぱいのおうちですかー?」
やけに陽気な酔っぱらい様が小脇に居りますが、衛宮士郎、がんばってます。
横では傘を持ちながら同じく大きなバッグを持った遠坂がいる。
アルコールが完全に抜けたらしいが、未だ顔が赤い。
相合い傘と言えば聞こえはいいようだが、ここまで殺伐とした相合い傘となっては絵にならない。
「桜が一緒に走ってくれただけでも助かったけどなあ」
「あら、衛宮君は桜を抱きかかえて走りたかったの?」
冗談言え。
「その間に襲われたらどうするつもりだ?」
「そうしたら私も抱きかかえて走ってもらうかな?お姫様を抱きかかえて城に連れて帰るのは騎士の役目でしょ?」
遠坂は姫じゃなくてあくま、と言おうとしたがとっさに口が塞がってくれた。
ちなみにこの中で一番強いのは遠坂だろう。
騎士より姫の方が強いなら、魔王もプロローグ後、寝込みを襲われあっという間で倒されるだろう。
幸い、俺の家までの間、猫一匹いなかった。
だが、家の前には誰かが立っていた。
「さあ、説明してもらおうかしら。あなたが何故ここに来て、何をする気なのか」
無表情で立っていたのはナタリー先生だった。

時計は10時を過ぎたところであった。
完全にできあがっていた桜を客間に寝かしつけ、居間で紅茶を入れているときテレビが10時を告げた。
「最初に、ごめんなさい」
わざわざ立ち上がりお辞儀をする。
この部屋には三人しかいない。
「ごめんなさいも何も、私たちはあなたに襲われたわけではないわ。ただ、何が起こってるか知りたいの。理由があってここに来たのなら全て話してほしいのだけど」
「・・・本当はもうちょっと落ち着いてから話すつもりだったんだけどね。ここまで事態が思わしくないとは」
苦虫を噛み潰したような顔をする。
「ナタリー先生、ストレートでいいですか?」
「うん。あと私は『ナータ』って呼んでって言ったでしょ?」
「ああ、はい」
今日初めてあった人を言われたからといってニックネームで呼ぶのは抵抗があった。
この辺が日本人と外人との違いなのかもしれない。
「あ、おいしい」
「・・・ナタリー先生、お茶会を開いたのではありません」
遠坂も『ナータ』と呼ばない。
理由は俺と同じ初対面だから、警戒しているとかだから、だろう。
俺も紅茶をすする。
冷えた体には何よりの一品だ。
「じゃ、話す。まずは私の身の話から」
まっすぐこちらを向く。
「名前はナタリー・グリーン、偽名じゃないわ。あなた達はもう知ってると思うけど魔術師よ」
「士郎は私に言われるまで気づかなかったけどね」
「遠坂、よくこんな場で冗談が言えるな」
ここまで肝っ玉が座ってるのは、もはや才能ではないのか?
「とりあえず、私が一番最初に聞きたいのは、あなたが信頼していい人物と言うこと。嘘でもいいから、それが聞きたい」
紅茶のポットを自ら傾ける。
しかし目だけはまっすぐナタリー先生を見ていた。
「答える。『信用して』。これが答え。私は仲良くなりたいな、って思った人は裏切らない性格だし」
「じゃあ、俺たちと『仲良くなりたいな』って思ったのか?」
「うん。ご飯おいしいし」
中身藤ねえじゃねえのか?
引っ張ったら出てきそうだ。
「で、あなた達は信用してくれるの?」
「・・・信用するも何も、怪しさ抜群だし」
遠坂も掴めない性格の持ち主を前にたじたじのご様子。
「うん、じゃ、俺は信用する」
「ちょ・・・士郎!」
机にばんっと叩き、鬼も逃げ出すような形相でこちらを睨み付ける。
「だってさ、いい人なんだし」
「いい人かどうかが私が決めるの!」
がーっと怒り出す。
要するに、この場の俺には一切の決定権がないらしい。
「やったあ、私いい人なんだって。あ、紅茶お変わりください」
「・・・はぁ」
日本語がとても流ちょうなヨーロピアンは並々と注がれたカップにどぼどぼと角砂糖を投入した。

「・・・そろそろ、本当にいいかしら」
時計は10時半、いい加減遠坂にも疲労の陰が見え始めしてきた。
「そうね。じゃあ、何でも聞いてちょうだい。できる限り答えるから」
「・・・ふつうはある程度そちらから話すのが礼儀じゃないの?」
「だって、『聞かれなかったから答えなかった』が通用するじゃない?」
「それもそうね、魔術師の考えとしては」
「ありがとう。あ、ところでこれってなんて言う食べ物?」
「・・・ナタリー先生、それ『お煎餅』っていうもんです」
お茶請けがなかったので紅茶に煎餅という類い希なる組み合わせとなってしまったがそれなりに好評のようだ。
それにしても、マイペースだなあ。
「・・・話が進まないから士郎は黙ってて。じゃあ、まず最初、ここに来た目的、そして今後何をするつもりか」
すぐに魔術師の会話が再開される。
「目的は、大まかに三つ。まず、衛宮士郎・遠坂凛・間桐桜の観察、監視、それで・・・」
「ちょっと待て!桜もなのか!?」
思わず口が反応する。
「書類には、ね。ともかく士郎くんと凛ちゃんのことは大体理由は分かるんだけど、桜ちゃんって子の理由は分からないし、どんな子なのかも・・・」
ふーむ、っと悩んでいる。
いや、『ちゃん』とか『くん』とかつけて呼んでいるところとか、いや、その。
「ナタリー先生、桜はさっき俺が寝かしつけてた女の子です。・・・その・・・酔っぱらってはいましたが・・・」
とりあえず突っ込んでみるが
「え!書類には未成年って書いてあったんだけど・・・」
強烈なボケとなって反ってきた。
「飲ませたのは先生です・・・。書類通り、間桐桜は未成年です」
ナイスフォロー。
「まあいっか。とりあえずあの子ね」
突っ込みどころは未だ山ほどあるのだが、話が本当に進まないので黙っていた。
「二つめ。前回の聖杯戦争の報告書の矛盾点の追及と訂正の調べ。矛盾点は自分で調べたんだけどね、約二十枚のレポートから大きな矛盾点が数カ所、小さな矛盾点は四十くらいかな?これを調べること」
「ナタリー先生、お言葉ですが、私は今回の聖杯戦争の全てを記したつもりです。ミス一つないことを断言します」
反論するのは、魔術師の心か、それとも意地か。
「ええ、しっかり書けてたよ。誤字もなかったし字も丁寧だったし。言峰神父の代わりとして完璧に仕事を終わらせてくれたのはお礼を言わなきゃ。でも、間違えがあるのは頂けないわ。こんなんでも時計塔の人間の仕事なんだから細かなミス一つでも指摘するわよ」
まるで先生のように話し続ける。
そりゃそうか、ALTとしてここに来たんだから。
それにしても、マイペースだなあ。
藤ねえよりもマイペース、人のことを考えてくれる分会話は成立してくれるけど。
こんなんじゃ、遠坂も訂正するの大変だろう・・・、あれ、遠坂?
「どうした遠坂?」
「い、いま、なんて仰いました・・・?」
遠坂は先ほどとはうってかわって真っ青になり、見るからに挙動不審な感じだ。
「だから、ミスは許さないってこと。凛ちゃんが聖杯戦争中の行動を細かく追言してもらう必要はないけど、時計塔への書類なんだから」
「と、とけい、とけいだ・・・い・・・」
「時計塔がどうかしたのか?」
明らかに先ほどよりも顔色は悪くなって、目は焦点を定まらず、まるで宙を飛ぶ小さな虫を追いかけているようであった。
こんな姿を見るのは初めてだ。
「し、士郎・・・この人、時計塔、時計塔から・・・」
「そりゃあ凛ちゃん、時計塔の仕事なんだから時計塔から人が来ることは当たり前でしょ」
とたん、
ズッゴーーーン!!!
と、遠坂!?遠坂ああああ!!?
音を立てて後ろにぶっ倒れた。

顔色は悪くない。
気絶したとはいえ、今はもう睡眠と言った方がいい。
右手に荷物を抱え、左手で遠坂を抱き上げる。
これがなかなかバランスがとりにくい。
何せ右手の荷物は大量の魔術に使う道具やら宝石やらが入っているのだ。
10キロの米の袋より重い。
そして客間まで運び、寝かしつけた。
「まったく・・・何したんだろうな・・・」
正直、あんな遠坂の姿を見たのは初めてだ。
「あ、王子様、お姫様の容態はどうですか?」
「・・・ナタリー先生、からかうのはよしてください・・・」
遠坂が起きていたらナタリー先生より俺を狙ってくるだろう、そういう人間だから。
「先生も先生です。よく分からなかったけど、何でそんな重要らしいことを言わなかったんですか?」
話を聞いた限り、遠坂の耳には相当のことなんだろうけど。
「『聞かれなかったから答えなかった』、ですっ。」
子供の悪戯を見るような気分だ。
「・・・ナタリー先生、俺もう寝ます・・・」
いい加減疲れました、もう何がどうなってるのか整理不可能です。
「あ、もうちょっと付き合ってほしいかな、お話もあるし。ちょっと部屋まで来てくれるかな?」
「話、ってなんですか?」
「そりゃあ、女の子が男の子を部屋に呼ぶときって・・・」
「お、俺寝ます!じゃおやすみなさい!」
血相抱えて逃げ出そうとする。
やばい、食われる!
意味分からない今日あった女の人にいきなり食われる!
「冗談よー。かわいいー」
けたけたと笑う笑顔は遠坂とは別のあくまに見えた。

「よし、じゃあこの部屋を整理しながら話しようか」
あの段ボールは運んできたときと全く変わってなかった。
「ナタリー先生、7時過ぎに酔って寝ちゃった後、今まで何やってたんですか?」
「もちろん寝てました!」
これぞ理(ことわり)と言うように答える。
「それと、ナタリー先生じゃなくてナータって呼んで、っていったでしょ?次言ったら、ひっぱたきます
満面の笑顔で暴力に訴えると宣言しやがったぞ、おい。
「あ、はい。わかりました。なーた・・・、さん」
この辺が妥協の限界点だと感じてほしい。
「よろしい。じゃあやりましょうか」
ごっさごっさと段ボールをあさる。
中身は主にパソコンだとか、棚ごとの書類だったり。
しかし、
「これ、ほとんどCDじゃないですか!」
軽く千枚は超えているだろう。
「私から音楽とったら何にも残らないし」
忙しそうにパソコンの配線をいじりながら。
日本に来た理由は音楽聞くためですか?ねえ、ナータさん。
それにしても、この荷物はすごい。
液晶ディスプレイ三台、パソコン四台、しかも全てタワー型の巨大なやつだ。
「アンペア大丈夫だよね?」
「たぶん大丈夫です。この家ブレーカーだけは馬鹿みたいにでかいし」
これ全部つなげる気ですか?
そのほかにも、わけ分からない機械が数台、たぶんアンプにつないでるのでオーディオ器具だと思うけど。
二、三台興味深く見てみたが、
「これ、二百万円するやつですよね・・・」
こいつは、マジですごい。
その機械は日本製の1ビットアンプ、前なんかのカタログで見たことがある物体だ。
なんだか偉く音がいいらしい。
「うん。すごいでしょ?」
すごいも何も、こんなもんを表向きふつうのALTが持ってるものとは思えないですし、こんなもんをわざわざ日本まで持ってくるって言う度胸が。
「いやあ、これらみんな税関で引っかかりそうになってね。上の人にわざわざ専用機まで出してもらったのよ」
誇らしげに語る姿は、このデジタルな空間を支配する主としては異様であった。
「でも士郎くん、繋げるの早いね。前、助手の人に手伝ってもらったとき半日かかったのになあ」
「学校とかでこういう仕事には慣れてるんですよ。ケーブル繋げるのはほとんど俺の仕事ですし」
朝の朝礼とか、運動会とか、文化祭とか。
思えばいつも取扱説明書とにらめっこしてるような気がする。
「ところでそろそろ話してもいいかな?」
声色が変わった。
「魔術師の話ですか?」
「もっと落ち着いてからの方がいい?」
ナータさんはただいまケーブルの蝋燭をライターの先で溶かしている。
「・・・がんばりましょう」

「まず、さっきの話の続きね。」
「はい」
手は動かしながら耳を傾ける。
「『衛宮士郎・遠坂凛・間桐桜の観察、監視』。これ、べつにそんな身構えなくて結構よ」
「なにするんですか?」
「対象者の魔術に対する能力と魔力量、あと性格とか魔術に対する関心とか。別に何時にご飯食べてとか、好き嫌いはどうとかは調べる訳じゃないから安心して」
「なんのため・・・ですか?」
理由を聞く。
協会から人を派遣するほど俺たちの能力を知りたいなんてよほどのことなんだから。
「凛ちゃんから聞いてないかな?」
「いや、特に聞いてないぞ」
大きなことは聞いたことないし、遠坂が協会に目をつけられるほどのことをしてるとは思えない。
「時計塔のもう一つの顔は有能な魔術師の育成、保護。それに選ばれたのよ」
時計塔。
魔術師協会の本部があるロンドンの通り名。
「まあ、平たく言えば有能な魔術師を育成するための大学に選ばれたってこと」
「遠坂、がですか?」
「いいえ、あなた、も」
それを聞いて反論する。
「んな!俺は、そんな魔術師じゃないです!」
現在は遠坂の弟子であるが強化と投影しかできない半人前以下の魔術師だ。
「いえ・・・、それよりも何で桜が?」
これが一番俺を悩ませていた。
「うーん。書類に書いてあったからなあ。詳しいことは後ほど追って書類を送る、としか書いてなかったし」
たぶん、事前の調査とかで、俺たちと一緒にいたから調査対象になったのだろう。
「ま、私の報告で凛ちゃんどころか桜ちゃんも時計塔に行くのを左右されるんだからね」
はっはっは、と高々と笑う。
その笑い声に反比例しながら俺の気分は水面下まで落ちていった。

オーディオ器具の配線は終わった。
一応、全ての課程が終わったことになる。
見れば2つあるコンセントからの大量のたこ足配線が足下に転がっていた。
・・・停電するかも。
「よし、終わったー。偉いぞ士郎くん!」
パソコンの電源をフルに入れながらほめられる。
しかもどこに隠していたのか、一緒に段ボールに入っていたらしいノートパソコンも充電中だ。
その段ボール群はたたまれて廊下にほっぽり出されている。
たった1時間弱でずいぶん息苦しい部屋になったようだ。
「じゃあ、ベッドにでも座って。私はもう少し作業をするから」
言いながら何かのCDを取り出す。
電気屋さんで見るパッケージは色とりどりだったなあ、などと思いながら。
「じゃあナータさんの三つ目の理由って?」
「うん、今から話す」
マウスのコードをカウボーイの投げ縄の用に振り回しながら、少し当たりそうになる。
「・・・、単刀直入に言うけど、変な奴にあったでしょ?」
思い出す。
あの姿、女の姿であったが、鼻をつまみたくなるほど血のにおいがした。
「サーヴァント・・・」
「そう、サーヴァント。言い換えれば聖杯戦争が始まったってこと」
「ああ・・・やっぱり・・・」
「全部話すね。ことの始まりはちょうど2ヶ月前かな。時計塔に連絡が入ったの。『監視していた日本の聖杯からおかしな動きを感じる』って。調べてみればサーヴァントらしきものが確認されてる。そこで本格的な調査が始まったの」
「遠坂はそんなこと言ってなかったけど」
「そりゃあ時計塔の精鋭部隊が来たんだもん。ちなみに彼らはほとんどが魔術師じゃないわ。その方が何かとやりやすいし」
へー、考えてるもんだな。
「で、どうなったんだ?」
「『第七百二十六聖杯が活動している』。とたん上じゃあ連日連夜の議論会よ」
理由は分からないが、けたけた笑いながら。
ここで、
「入ってよろしいかしら?」
遠坂が現れた。
「あ、おはよう」
「大丈夫なのか遠坂?」
「大丈夫も何も、士郎、あんたの声、大きすぎ」
びしっと怒られる。
「う、ごめん、遠坂」
「そんなことより、聖杯戦争は当分行われないはずよ。前回、彼のサーヴァントがぶった切ったんだから」
そう、俺のサーヴァントのセイバー、アーサー王として現代に召還された彼女は最後に聖杯に一撃を加えて、消えていった。
「それは聖杯の話、活動しているって報告があったのは大聖杯の方よ」
「大聖杯?なんだそれ?」
「士郎は知らなかったか。まあ、話してないし無理ないか。じゃあ、よく聞いてね。この冬木の街にある聖杯は一つ『大聖杯』。で、前回ぶった切ったのは『聖杯』。この違い分かる?」
「わからん」
正直に話す。
分からないものは分からないし、いや、睨むな、絶対にこっちに否はないはずだぞ。
たぶん、聖杯をアインツベルンが用意してるって話は聞いたと思ったが、大聖杯なんて初めて聞いたぞ。
「つまり、ここの街にあるのは大聖杯。それでね、毎回行われている聖杯戦争の聖杯はアインツベルンが用意してるものなの。仕組みとしては大聖杯がサーヴァントの召還とかをして、アインツベルンが用意している聖杯がサーヴァントを回収するって仕組み」
「なるほど、分かった」
「じゃあ、その大聖杯が動いてるってことは・・・」
「うん、聖杯戦争の開始、と言ってもいいでしょうね」
「じゃあ、イリヤの家族の誰かが聖杯を用意したってことなのか?」
「いい着眼点ね、士郎。でも違うわ。そんな大イベント、管理の遠坂が知っていないんだから」
それもそうだ。こんな街のど真ん中で魔術師の戦争なんてもんが起こったら遠坂が真っ先に反応するはずだ。
「とにかく、私が今言えるのは、アインツベルンが関わっていないところで聖杯らしきものが発生し、現実にサーヴァントと思われる英霊も召還されているという事実。明日から本気で調べるけど、凛ちゃん手伝ってくれるわね?この街の管理であるし、もちろん時計台から報酬を要請する」
「分かりました。冬木の管理、遠坂凛、その依頼を引き受けます」
話が激流のように進んでいく。
聖杯戦争、サーヴァント、それらが。
「じゃあ、士郎。明日学校終わったら早速調査開始よ。桜もインターハイが近いから部活だしちょうどいいわ」
「俺もかよ」
「一連卓上よ。乗りかかった船じゃない」
無理矢理乗せられたのだが。
「じゃあ、ナータさん私たち寝ます。明日は学校もあることですし」
土曜だがテストも近い上三年生だけは半日授業がある。
俺は適当にあしらうつもりなのだが、今年は教師たちの熱の入れようが違う。
「あ、士郎くん、寝る前にこの紙見てほしいのだけど」
出ようとする俺の手に紙を渡される。
その中は・・・
「・・・時計台って気前がいいのね」
上から食費、家賃、その他電熱費まで様々なものが日本円できっちりと支援金として記されていた。
その額、最低で5桁、上にしてみればもうすぐ7桁行きそうだ。
「それは上限額ね。食費は折半、電熱費は、そのー、これだから全額払うよ。あとよければまた日本に来たときここの部屋を使わしてほしいんだけどなあ・・・」
数秒後、がっちり握手した。
清々しい、実に。
タダ飯くらいのあかい人とは大違いだ。
「士郎・・・変なこと考えたでしょ」
「いや、何も」
悟られた瞬間、俺の頭はガンドで吹っ飛ぶだろう。
「じゃあナータさんおやすみなさい。明日は早いですから」
「うんおやすみ」
「ナータさん、おやすみ」
今度こそドアを閉めようとしたとき、
ねえ、凛ちゃんたち、付き合ってるの?
ロスタイムに突入した。

「はあ、疲れた」
どっと壁により掛かりながらカップの中身を一気飲みする遠坂。
あの後シャワーも浴びてなかったのでひとっ風呂入ったのだ。
ちなみにナータさんは酔いつぶれて寝てたと思いきや、きっちりシャワーを使ってたようだ。
「じゃあそろそろ寝るぞ」
もう時計は明日の日付に変わろうとしている。
「ねえ士郎」
「ん?」
「あなた・・・、何も動じてないのね」
ああ、そういえば。
「遠坂はどうなんだ?」
「私は・・・してるに決まってるじゃない。今日だけで数ヶ月分の出来事を経験したわ」
そうか、俺にとっては数年分も飛んだのになあ。
経験の量なのだろう。
「私たち、一年のうちに2回目の聖杯戦争に巻き込まれたのよ。どう思うの?」
「どうも・・・こうにも。整理が追いつかない。ごめん」
「謝ることじゃないわ」
外の雨は次第に激しくなり、ノイズがかかってるような気分になる。
「・・・遠坂、始めに言っておくけど、絶対笑うんじゃないぞ」
「なに?」
「期待・・・してるんだ」
サーヴァントを召還し、主に従わせるのが聖杯戦争。
なら、その召還によってはもしかしたら
「セイバーに会えるんじゃないかって」
可能性は0ではない。
だけど限りなく等しい。
だけど、あの言葉を返さなきゃ。
告られたのなら、こちらも返さなければ。
「・・・ふう、士郎はこれだから」
こめかみに手を当ててため息。
本気であきれているようだ。
「それじゃ、遠坂、俺は寝るぞ」
「はいはい、おやすみ。明日もせいぜいこき使ってあげるから」
追い払うようにして手を振り返されると居間を離れた。

「まあ、よくわかってるじゃあないの」
いつだったっけか、魔術師なら0に近くても信じることだ、と。
「・・・馬鹿は馬鹿、か」
さあ、寝よう。
明日も学校だ。
その後も仕事だ。
のびをすると、電気を消し、雨音のする廊下に静かに溶けた。


back
contents top


since 04/12/30

(c) BadFuge http://badfuge.fc2web.com/

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送