女の子の着替えってものは長い、って切嗣は口癖のように言っていた。
頭をぼりぼりと掻きながら少し困ったような顔になる。
「でもね士郎。絶対に待ってて、それでいて怒らないのが男の子だよ」
その口癖と一緒になってる言葉だ。
確かに、遠坂と出会ってからそのことをよく実感する。
着飾らなくても十分に美人なのに、その上にまた綺麗なものを重ねるから余計に怒る気力もなくなってくる。
と、その遠坂たちの着替えも終わったらしい。
「おまたせー」
「遅いぞ」
あまりに緊張感がない場に一喝する。
そりゃあ、今から聖杯の調査っていう重大な仕事があるんだから。
・・・それに巻き込まれたのが俺なのだが。
「ほおら、凛ちゃん、入るの」
居間の外にいるらしい遠坂の腕が見える。
「ちょ、ちょっと、ナータ、マジ無理、ちょっと無理きてる・・・」
引っ張り出されてるらしい。
「はははー、恥ずかしがってるなあ」
「は、恥ずかし・・・恥ずかしくなんか・・・」
その光景を茶を啜りながら観察する。
キャストはナータさんと、腕だけの遠坂。
あんなにうろたえる遠坂も珍しいものだな。
一成がいたら、これぞ女狐の正体か、などと言うに違いない。
「じゃーん。メークアーップした凛ちゃんでーす!」
遠坂の背中を思いっきりナータさんが突く。
「きゃああ!」
あわせて短い悲鳴を上げる。
と、転げるような形で姿を見せたのは、
「と、とおさ、か?」
いつもは見ない格好。
いつもは短いスカートの遠坂が、活発的なジーパンを纏っていた。
しかも上半身はおなかが見えるキャミソール。
ツインテールの髪型の跡地にはお団子が二つできていた。
「な、なにじろじろ見てるのよ・・・」
「あ、いや、その・・・」
「なに?」
「可愛いな、って・・・」
「!」
ちょっと子供っぽく変身したあくまの横でナータさんは必死に笑いをこらえていた。

「ちょ、誰も見てないよね」
こんなところ綾子に見られたら一生の恥だ、と言わんほど警戒する。
「大丈夫だって。さすがに『これ』が遠坂だなんて誰もわからない」
「・・・ちょっと、『これ』って何よ?」
「それだけ凛ちゃん、変わったってことだよ」
あくまの強い願いでなるべく人の通らない道を選んで歩いている。
その願いはこちらも同じでこんなところを知り合いに見られたら空気感染するように口から耳へ噂は瞬く間に広まっていくだろう。
しかも、一緒に歩いていた相手が遠坂だ、なんて知られたら全男子を敵に回すことにもなりかねない。
平穏無事を願うため二つ返事で承諾した。
「なあ、遠坂。夜中に調査にくれば良かったんじゃないか?」
「それが一番いいけれど、変なものがうろついてるんだから活動しにくい昼間に活動した方が安全でしょ?」
なるほど。
サーヴァント、魔術師、魔術師の使い魔にとって最大の敵は魔術師ではない一般の目である。
魔術師の最大の掟は、魔術という奇跡を守りきること、町中で戦うどころか姿を見せるのも場合によってはアウトなのだ。
その点を突いて安全に調査をする、ってのは定石の考えなのだが、
「一般人を見る一般人の目ってのも・・・、ちょっと!あれ同じクラスの人じゃないよね!?」
「違うだろ。どう見てもおばさんじゃないか」
一般人の姿でも、今目立つのは如何せんあくまにとってマイナス要素らしい。
俺たちはそんな挙動不審な会話を続け、俺の背後にいるおびえる猫のような遠坂がそろりそろりと歩きながら、何とか知人に見つからず柳洞寺までたどり着くことができた。

中は暗い。
気をつけなければ転びそうになるくらいだ。
「足下気をつけて」
岩肌もごつごつしており、ぶつかったらとても痛そうだ。
ここは柳洞寺の地下の聖杯の安置場所。
俺でも膨大な量の魔力がひしひしと伝わってくる。
当然のごとく、みんなの口数は減っている。
これほどの魔力を前に不安と好奇心を持たない魔術師はいない。
「ここよ」
開けた柳洞寺の地下、奥に見えるのが聖杯だと理解した。

「これは・・・すごい・・・」
感嘆する。
「さすが聖杯の魔力ね。そんじょそこらの物体とは訳が違う」
協会の人間でも驚くのも無理はない。
聖杯といえども、実態は魔力の固まり。
しかし神話になっていることも頷けるほどの魔力の固まりなのだ。
「じゃあ調べましょ」
「俺は何してればいいんだ?」
「うーん、とりあえず座ってたら?」
用無し、ってことですね、そうなんですね。
「ねえ凛ちゃん、士郎くんって情緒不安定?」
「錯覚です」

結局のところ調査はものの15分程度で終わった。
結論は
「やばいわね。本当に活動してる。しかも前回より魔力が多いから結界を二重に張り直さないと何かしら影響が出るかもしれない」
深刻だ。
「でも実際問題、影響は今のところ出てないし出方を見ましょう。聖杯なんてものの周りに大きな結界なんて張ったってすぐに潰れるだろうし」
さすが遠坂。
清々しいほど楽観的だ。
「そう思えばこの結界を張った人はすごい魔術師だね。これほどの高い魔力を前にして潰れない結界を形成するなんて」
「それはたぶん私の父か祖父だと思うわ。構成が似てるから」
そういえば遠坂の家は代々冬木の管理人だっけな。
なるほど、聖杯を一般の目から隔離する役目を引き受けたのもうなずける。
「そういえば、遠坂の親父ってどんな人だったんだ?」
「・・・別に。ふつうの魔術師だったんだじゃないの?」
釈然としない。
「そうね。強い人だった。誰よりも。まあ、私が小さい頃に死んじゃったからあんまり覚えてないけど」
「あ、・・・そ、その、す、すまん」
「謝ることじゃないわ。もう悲しくないから。今は思い出だけしかないから」
顔は笑っていた。
でも、俺は知っている。
いない人間のことを悲しんでいる。
遠坂はそれを隠すために笑ってるのだ。
「本当に、ごめん」
謝ることでしか発言を償えないこと自分が憎たらしい。
「じゃあ・・・、士郎のお父様のことを教えて。交換条件よ」
ああ。
助かった、と思った俺がいた。
「親父は、切嗣は・・・」

"・・・ビリ"

「切嗣は・・・」

"ビリ・・・ビリ・・・"

なんだ、この、いたみは?

「ん?どうしたの士郎?」
「あ、ああ・・・」

あたまがいたい。
かんがえると、われる。

「・・・後でいいか?語り尽くせない男だったし。その、いろんな意味で」
「おっけ。ゆっくり聞かせてもらうわ」
ちりちりと頭が痛むが、気のせいだと思いながら外界を目指した。

「あー、降ってる降ってる」
「こりゃ土砂降りだな」
「だれか雨具もってないか?」
「生憎、ね」
出口付近でため息を漏らす。
「・・・風邪引かないようにダッシュで」
「了解。ナータさん走れる?」
「ヒールじゃないからびゅんびゅん飛ばせる」
いっせいのーで、で飛び出す。
「すごい雨!」
誰かが叫ぶ。
その声が誰だかわからないくらい雨は強く降っている。
音を立てて地面に落ちる雨粒はさながら槍。
もしくは大きな音を出してるからガラスだろうか。
「とりあえず公園あたりで避難!にわか雨だからすぐにやむでしょ!」
最良の選択だろう。
とにかく体に突き刺さる雨粒を遮る屋根がほしい。

「びっちゃびっちゃ・・・」
肘から、ジーパンの先から、いろんなところから水滴がしたたり落ちる。
「ともかく雨宿りできるところがあってよかったな」
公園の一角にある屋根のある場所。
二畳くらいでテーブルとコンクリートが地面から生えたような形の椅子が数個。
その空間を3人が占領していた。
「ナータ大丈夫?」
「うー、転んだときちょっと足すりむいちゃった」
ちなみに今さっきわかったことだが、ナータさんは運動音痴のようだ。
「5回も豪快に転んでて擦り傷だけですんだのは不幸中の幸いよ。見た方もびっくりしたんだから」
黒っぽい服を着てわからないが、おそらく泥まみれなのだろう。
「早くシャワー浴びたいなあ」
「同感」
そんなことより。
「あの遠坂・・・、すまんが」
あまり遠坂の方を見ることができない。
何て言うか、見たいのは男の、その。
「?」
だからね、その遠坂さん、濡れてて、その。
「・・・服」
「・・・!きゃああああ!士郎のえっち!
机の上に座っていた遠坂はすぐさま胸元を隠してくれた。
青少年の精神には少し刺激が、強い。
「・・・なかなかやるわね士郎くんも」
待った!ガンドは撃つなああああ!!!
黙れ!乙女の尊厳を守らせろおお!!

「やまないねえ」
「やみませんわね」
「やまないなあ」
異口同音にあたりの状況を解説する。
相変わらず雨は鬱蒼と降り続いている。
15分も待っただろうか、雨が弱まるまでの契約でこの場所を占領させてもらったが、その雨は一層強くなっている。
「こうなったら強行突破だな」
「しょうがないか」
「温かいシャワーが恋しいわ。じゃあ行きましょ。ぐずぐずしてると本当に風邪引きそうだし」
一同意を決し、豪雨の中に突入する覚悟を決める。
しかし、
「・・・シャワーお預け。お客様」
その豪雨の中を誰かが歩いていた。

地面に着きそうなほど長い髪の毛。
その茶色が少し入った金髪は雨が降っていてもよく見える。
黒い服。
そしてここまで肌にくる魔力も珍しい。
今さっき体験したが、本日で二回目だ。
サーヴァント・・・」
そう、あれはサーヴァントだ。
そして私たちは運が非常に悪い。
今気づいたけど朝のニュースの合間にやっている占いも当てずっぽうではない。
『思いがけない人にあってトラブルに発展するかも』
まだトラブルには発展してないが、直にトラブルになるだろう。
だって、アレは私たちを殺しに来たのだから。
「凛ちゃん、士郎くん」
「・・・ナータ、私たちも行くわ」
立ち上がる。
あんなの私たち3人で何とかなるものではない。
サーヴァント。
死した英雄、すなわち英霊。
その力は強大。
魔術師が束になって何とかなるものなのだ。
「大丈夫、ここにいて」
なのに、何てことを言うのだろうか。
「ナータ、行くって言ったら行くわ。気づかなかった私たちにも過失はある」
士郎も手短にあった鉄の棒に強化を加えている。
「大丈夫ったら大丈夫よ。それに私、期待を裏切ったことないし」
ブロンズの髪の女子大生は笑いながら雨の中に出た。

雨は次第に強くなってきてる。
これほど巨大な雨粒、視覚も聴覚も遮るのは容易いのだろう。
だけど目の前に見える物体ははっきり見え、
「誰?」
言った言葉もしっかり聞き取れただろう。
「━━━━」
・・・まて。
聞こえん。

5歩ほど前に出る。
「ねえ、クラスは何ですかー?」
「・・・」
答えない。
そのかわり、サーヴァントはそっと自分の獲物を手にする。
二丁の銃。
凛ちゃんが見たって言うやつと話が違ってる。
昨夜出たというサーヴァントは髪の毛は長いものの色は染めたようなパープル、武器は何も持っていなかった、ということ。
前にいるやつは対峙した瞬間真っ先に自分の武器を出したから全くの別であるという結論になる。

カチャ

その二丁の拳銃がこちらを向く。
羨ましいほどかっこよく構えている。
その上、毛頭お喋りをする気など無いらしい。
へえ、かっこいいじゃん。
瞬間。

ガウンガウン

金属音に近い銃声が響く。
その音は雨音に消されるが、撃たれた銃弾は・・・!

ガインガイン!

私の出した障壁により地に落ちた。
「・・・驚いた」
初めて発言したサーヴァントの声は実に大人びていた。
「・・・拳銃を戦闘に使ったのは前々回のセイバーのマスター衛宮切嗣だけだったけど。まさかサーヴァントが使うとは思わなかったねえ」
「ふーん」
実に興味なさそうに相づちを打つ。
「教えてよ、クラスは何?」
「・・・アーチャー」
「ほー。物を吹っ飛ばす武器を持ってればアーチャーになれるんだ」
なるほど、拳銃を使う英霊ならばアーチャーが一番当てはまるのだろう。
「で、目的は?そう易々と撃たれる的じゃないわよ私」
なるべく可愛さを振りまきながら。
この緊張がとぎれれば死ぬのは確実なのに、自分でもどうかしてるって思う。
「あなたの首、くっきり出てるじゃない」
「あ、わかった?」
このあざのような、皮膚が膨らんでいる首の裏側。
髪の毛で隠しているが何かができていた。
2ヶ月前に出来ていたその腫れ物。
「あなたマスターになるんでしょ?」
そう、私は、
「なるかもね」
聖杯戦争に関わろうとしている。
「なら」
また, 銃口を、
「おわかり?」
こちらに向けた。
「さあ」
しーらない。

beat, no dirty beat



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