「シロウ、お願いがあるんだけど」
金曜の夕食のなか、イリヤは俺に問いかけた。
「うん?できることならやってやるぞ」
「じゃあ、お願い。あとリンも来てくれるかな?」
ご飯粒を口に運びながら遠坂もこくんとうなずいた。

辺り一面の愛

-the little time glory-


春風が肌に当たって気持ちが良い。
4月になったばかりの冬木の街は、満開の花に囲まれながら新しい空気を感じている。
その風の吹く街を俺と遠坂、そしてイリヤの三人がとてとてと歩いていた。

「じゃ、シロウはお花買って。リンは・・・シロウと一緒に選んで。センスあんまりなさそうだし」
「・・・いくら何でも今のは傷つくぞ、イリヤ・・・」
花屋の前でたたずんで香りを楽しんでいる。
花の咲く季節都もあって、色とりどりの花弁が所狭しと並んでいる。
「バーサーカーはどんな花が好きだった?」
「うーん、そーゆー話はあんまりしなかったからなあ。明るいお花とかで良いと思う」
「なら俺でも十分だろ」
「だってシロウは男だもん。女の人がもらいたいお花なんてわからないでしょ?」
いや、バーサーカーは男だろ。
それよりもあくま、小あくま笑うな。

お墓参り。
これがイリヤが俺たちに頼んだことだった。
「バーサーカー、死んじゃったからお花でも置いておきたいの」
笑顔で言ったはずなのに、その言葉はとてつもなく重く感じた。
サーヴァントとはいえ、イリヤにとってバーサーカーは当時唯一の仲間であり、相棒であった。
こんな小さい子があんな野蛮なことに参加し、そして命をも捧げた。
そして、その命の相棒を俺たちが殺した。
短い時間だったとはいえ、イリヤにとってどれだけつらいことだったのか。
あの大きな巨体に、この少女がどれだけ信頼を捧げていたのだろうか。

「やっぱ、菊の花よりこんな花の方が良いよな」
鉢植えのシクラメンを手に取る。
周りと比べても見劣りしない濃いピンク色が印象的だ。
「あら、衛宮君、『花言葉』ってもの知らないのかしら?」
・・・なんだ、いつの間に赤いあくまのスイッチを入れてしまった?
その顔はこちらを見下ろしながら(そう見えた)、明らかに冷ややかな嘲笑をたたえている。
「はなことば?」
おそる、おそる・・・。
「そう、花言葉。その花の意味とか象徴的な言葉のこと。ま、女っ気が丸でなかった朴念仁にはわからないでしょうね」
説明と同時に毒づくのはもはや遠坂という人間の本当の姿なのだろう。
知識を与えると同時に相手をけなす点、この人間は教師とかにはなれそうにない。
「へー、知らなかった。で、この花ってどんな意味があるんだ?」
「『死苦』。私の故郷では花言葉を使って魔術を高める人間もいるのよ」
あきれ顔で屈みながら黄色い花を眺めているイリヤに一発食らった。

「あ、あ、・・・」
「シロウ、行ってくれる?」
言葉を失った。
罪悪感を感じた。
声に表せない、でもとにかく悲しかった。
「行ってくれるの、って聞いてるシロウ!」
「あ、ああ、もちろん。」
行かないわけがない。
一人で行かせるわけにもいかないし、ましてや俺には義務があると感じた。
イリヤは、怒ってもない、泣いてもない、いつもの笑顔だ。
大人にねだる子供の顔だ。
「じゃあ、リンもお願い。いっぱい人がいた方がバーサーカーも喜ぶし」
文庫本を読んでいた遠坂は静かに縦に首を揺らした。

タクシーで一時間、冬木の郊外の森の入り口は街からは遠い。
今の時刻は11時過ぎ、タクシーに乗る前に早めの昼食をとっていたのは最良の判断だった。
「変わってないわね。ここも」
タクシーから降りた遠坂が呟く。
鬱蒼と茂る木々の中を三人は歩いていた。
先頭にイリヤ、その後ろに俺たちは並んで歩いていた。
少女の後ろ姿はいつも家で見るイリヤと変わりなかった。
話す言葉もなく、買ってきたチューリップの花びらが落ちないように注意を払う。
森は深まり、あの日々を思い出す。
その思い出を都合の良いところだけ取り出し、胸が潰れそうになるところだけ忘れようとした。

「なに罪悪感感じてるの?」
イリヤも藤ねえも帰り、桜も明日は用事があるからと帰って、居間には俺と遠坂しか姿はない。
その遠坂も文庫本を持って、さっきからずっと読みふけっている。
最近は魔術の訓練も春休みと言うことでそこそこにしておいて、ぼーっとするのが日課になっていた。
「・・・罪悪感って?」
「イリヤとバーサーカー」
単語で会話するところ、思考のほとんどを手にしている物に奪われているのだろう。
「・・・どう見えた?」
「見えるも何も言ったとおり。あそこまで露骨だと、滑稽だわ」
顔色一つ変えず。
その言い方と態度に少しむっときた。
「当たり前だろう。敵だったけどイリヤにとって・・・」
「イリヤにとって何?私たちにとって命を狙われる存在だったのよ。それを殺すのに理由なんてあれ以上必要だった?」
俺の言葉は遮られた。
その上、言い返すことの難しい言葉が襲ってきた。
「イリヤにとってバーサーカーは変えられない存在だったんだぞ!」
思わず声を荒げる。
しかし、
「なら聞くけど、私のサーヴァントを殺したのは誰?」
その言葉に鎮められる。
静かに行ったようなのに、殺気、なのだろうか、怒り、悲しみ、遠坂から感じた。
「・・・同じよ。聖杯戦争に関わっている以上、『死』くらい覚悟しなければならない。それが自分でも、他人でも。それが魔術師のルールよ。イリヤくらいの魔術師なら覚悟は召還する前にできてたはず」
「でも、俺には・・・」
そう。
俺にはあの華奢で小さな存在に、あの少女に、かわいい笑顔に、
「魔術師に見えない。無邪気な、女の子だ」
その負う存在に不釣り合いを感じる。
「・・・そう」
ぱたんと文庫本を机に置き、思いっきり伸びをする。
その姿に、うっと、きた。
いや、何か、異性として。
「じゃ、帰る。明日早く起きなさい。早めに出ないと行けないんだから」
鞄を取りゆっくりと立ち上がる。
最近はもうコートを羽織る必要もない。
「ああ、わかってる」
短く返事をすると玄関まで見送ることにした。
「・・・士郎、あなたは甘い。この力がこの体にある限り、そんな甘ったれた考えは捨てるべきだわ」
玄関でブーツを履きながら。
振り向かず背中でこちらを見て小さく喋る。
「なら、魔術師を人にすることね。それなら、済むわ」
「遠坂・・・?」
「・・・何でもない。迂闊だったわ。じゃ、明日も朝ご飯期待してるからね」
玄関を閉めると遠坂の姿は闇に溶けた。
そのまま俺は立ちつくし、その言葉の意味をずっと考えていた。

「・・・それがあなたの魔法よ。まったく、私がこんなになっちゃったのもこの馬鹿の責任なんだから」
闇の中、遠坂凛は静かに微笑んだ。

「シロウ、リン、おいてっちゃうよー!」
いつの間にかイリヤは俺たちの十歩前をステップを踏むように歩いている。
無邪気な姿はいつぞや見た妖精に似ていた。
「イリヤー、そんなにはしゃぐとすっ転ぶよー!」
その十歩後に追いつくために自ずと駆け足となる。
「ふふふーん、リンもお母さんみたいな口をきくのねー」
「なっ!?」
・・・何故こっちを見る。
敵じゃない、いや、その争いに関わったつもりもない。
そうこうしているうちに視界に大量の光が飛び込む。
それはあの日の広場だった。
「つーいーたー!」
「ついた・・・」
「つ・・・つい・・・た・・・」
ゼイゼイと息を切らし、手を膝に当て酸素を取り入れている遠坂が視界に入ってきた。
相当頑張って走ったらしい。
「士郎・・・手貸して」
「大丈夫か?」
「・・・久々に走ったからよ」
とりあえず手を引いて補助する。
よっと力を込めて歩き出すと目の前にどこか見た姿が立っていた。
二人の女性。
顔は無表情、多分感じからして笑ったこともあまりないのだろう。
その顔はイリヤの方へ向かい、ぺこりと頭を下げた。
「お久しぶりね。ちゃんと管理してる?」
「はい、仰せの通りに」
あー、俺がここに拉致されたときの、・・・あんまり良い思い出じゃないな。
「そう言えば士郎、ここにさらわれたときにどんなことされたの?」
ほじくり返された。
スコップでぐしゃっと。
「・・・なにも」
「そう、ならいいわ」
口調からは侮蔑の感じは伝わらなかったのはよかったことなのか。
「バーサーカーのお墓は?」
「この通りです」
二人のメイドが同時に手で指す方に一つの石が地面に刺さり立っていた。
大きさは俺の腰くらい、白いが磨かれているわけでもなく、変哲もない大きな石だ。
でも直感でそれがバーサーカーの墓標を表していることがわかった。
「ご苦労様。じゃあ、お城の方の管理、引き続き任せたわ」
「はい」
一礼して城の方に去っていく。
その姿をぼーっと見送りながら俺たちはお参りを開始した。

お花を供えるだけのシンプルな行動であった。
ただ、供え物を置き、祈る、ただこれだけの動作。
しかし、その行動の一つ一つにイリヤは全力のように見えた。
「ごめん、もうちょっとここに座らして」
イリヤは石の前でちょんと座り、ずっと見つめたまま考え事でもしているようだった。
その横で俺は一本の苗木を埋めていた。
「シロウ、それ何?」
石の前に座っていたイリヤが聞いてくる。
蝋梅(ろうばい)。家に木があったから切ってきた」
「『ロウバイ』?どんな果実のなる木なの?」
「ああ、実はならないんだ。でもいっぱい花を咲かす。黄色くて良いにおいのする花をな」
ふーん、と短い感想を述べた後、再び元の姿に戻った。
意外と地面が固いな。
小さいスコップ一つじゃ結構つらいもんだ。
力を込めて突き入れるが少ししか地表は削れない。
そのうちイリヤは立ち上がり遠坂の方へ向かっていった。

「祈ってくれないんだ」
「・・・理由はわかってるでしょ。正当なこと。サーヴァントを殺すのが聖杯戦争よ」
感情を殺し少女に告げる。
その姿は魔術師だった。
「そう。ならあなたのサーヴァントを殺したことも正当防衛なのでしょうね」
少女も魔術師の目をした。
殺気だったその姿。
紛れもなく、しかし殺気の正体は悲しみと憎しみからだった。
「ええ」
負けじと遠坂凛も殺気を濃くする。
同じサーヴァントを殺し、殺された同士。
「リン。私はあなたを許したことはないわ」
「へえ。許す、なんて。私は一度も悪いとは思ってないわ」
嘲笑の言葉で返す。
「なら」
少女の姿の魔術師は
あなたをここで殺してもそれは正当なこと、なんでしょうね
魔術刻印が発動する。
大気が震え、叫び声のような風を切る音が辺りに響き渡る。
同時に遠坂凛も己の魔術を解放しようとした。

still pray



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