こつこつ、かんかん。
くつのおとは、すていしょんにひびく。
あるく、おとなのひとたち、わたしは、きいろいかさをさして、たっています。
だれも、わたしを、まってくれません。
ならば、いきましょう。
あるきましょう。
だれもこないなら、だれもまたなければいいのです。
わたしひとりで、あるきましょう。
それが、かみさまがくれた、しあわせなのです。

我、花ノ名ヲ持ツ乙女

-my dear I need-


春休みとはいえ、毎日部活に費やすだけが脳じゃない。
いやいや、毎日弓を引くのも悪くはないと思う。
だけど今日、私、間桐桜は今一人で新都のビルのしたを歩いている。

ぽつりぽつりと雨が降り出したのは丁度バスを降りた辺り。
バッグから愛用の折りたたみ傘を取り出し、また歩き出す。
明るい模様の黄色の傘。

これ実言うと先輩に買ってもらった物なんです。
先輩が夏休みのアルバイトから帰ってきた日。
その日も今日みたいな雨の日で、先輩はずぶぬれで帰ってきました。
でも、笑顔で
「ほら桜、いつもお世話になってるお礼だけど」
右手には小さな袋と、この黄色の折りたたみ傘。
「先輩!そんな濡れて帰ってきて!傘とか持ってかなかったんですか!?」
「あー、行くときは少し降ってたんだけど。大したもんじゃなかったし」
ははは、と笑顔を浮かべながらタオルで頭を拭く先輩。
「もう、その傘使えばよかったじゃないですか」
とこぼすと、
「だってこの傘は桜のために買ってきたんだ。桜のための物を使うなんて俺にはできない」
って真顔で。
そんなこと言われたら私はぼーっとなって、
「桜どうした?」
「い、いえ、なんでもないですっ!」
「あ、桜がどんな傘が好みか分からなかったから友達に適当に選んでもらったんだけど」
がしゃがしゃと袋から取り出し、ビニールに包まれた贈り物を受け取る。
黄色の小さな傘。
少しだけ蝶の柄が白く羽ばたくその傘を、
「あ、ありがとうございます!大切にします!」
胸にぎゅっと抱きしめた。

新都はいつもにぎやかだ。
人がいっぱいいて、笑い声も、怒る声も、泣く声も聞こえる。

人混みは、少し苦手なんです。
なんか、私って、こう、その、自慢じゃないけど、ナンパとかされるし。
あと、人と話すのがちょっと苦手で。
たぶん、先輩がいなかったら、私、すっごく暗い人間になってるんじゃないかなあ。
・・・えへへ、のろけです。

一件のお店に入る。
少しアンティークが入った小洒落た店で、店内は少し古いジャズが流れている。

「ほぉ、衛宮の奴にねえ」
このお店の紹介者は美綴先輩。
部活の先輩でもあり、ちょっと悔しいけど先輩について結構物知りでもあったり。
だから、先輩に何かプレゼントでも買ってあげようと思ったんだけど、
「間桐桜が衛宮にプレゼントか。こりゃあおもしろいことになったな」
豪快かつ、面倒見がいいのが美綴先輩だ。
内気がちだった私をいろいろと面倒見てくれてましたし、弓の教え方も上手です。
・・・でもほんのちょっと・・・、はい、とってもいい人なんですけど。
「あいつは何もらっても喜ぶぞ。しかも恩は返すまで忘れないって忠犬ぶりだ。適当に高いものふっかければ向こう半年は細かと面倒見てくれるんじゃないか?」
前記通り、今回は私が恩を返す番だ。
半年間返せなかったけど、今ようやく勇気が出てきたのだ。
今までに何度も恩返しをしよう、って思ったんですけど、そのたびにいらぬ邪魔が入っちゃって。
だから、今日までこの恩を忘れなかった私もいわゆる忠犬だろう。
「へえ、傘もらったんだ。あいつもフェミニストっぽいところがあるな」
女の子には優しくするんだ、って言うのが先輩の発言の一つ。
だから他人にも優しくするし、そのため何度か私も焦ったことがある。
無節操な優しさ、なんだろうなあ。
「じゃあ、こっちも傘でいいじゃないか。あいついっつもビニール傘だし」
目には目を傘には傘を、か。

店内は洋風の雑貨店であった。
壁にはいろいろなものが並び、鍋一つにしても結構の種類があった。
その一角に、色とりどりの傘が並んでいた。
そして、美しさに目を奪われた。

店内は少し薄暗いせいか、数え切れない色を使ったたくさんの傘がとても綺麗に見える。
さすがは美綴先輩、とてもいいお店を紹介してくれました。
その中の一つを手に取り選定する。
「うーん、先輩は明るい色はあんまり似合わないなあ」
私の傘と同じ黄色の雨傘。
どちらかというと先輩は地味な色が似合っている。
黄色の傘を戻すと反対側の棚にあった一本の傘を手に取る。
とても深い緑色。
どちらかというと黒に近い。
その深い森の中を幾重にも重なった灰色の道が交差している。
いわゆるチェック柄だ。
「これ、いいかも」
人に迷惑にならないようにそっと広げてみる。
ちょっとだけ大きい。
値段も高くもなく、安くもなく。
「これにしようかな・・・」
30分後、レジの会計を済ましていた。

後は帰るだけだった。
でも、久々なんだから、ということで当てもなくふらついていた。
雨音は次第に強くなり、黄色のナイロン生地に大粒の露がはじけて消えていった。

あかるい雲の上で


・・・いつの間にか口ずさんでいた。

まぶたを閉じるの


いつ覚えたか分からない。
誰が作ったのかも分からない。

ゆめの続きは


だから、このうたを歌う私が創造したのだろう。

あの夜の月のした


主旋律など存在しない、詩だけの名のないうた。

波に揺られながら


蚊の鳴く声よりも小さな声で。

あさの太陽をまつ


この曲は、何のために作られたのだろう。

「ふう・・・」
どこまで歩いたのかな。
見回すと雑居ビルがひしめくところにいた。
横の看板はおいしいと評判の定食屋さん。
入り口には美味しそうな親子丼の絵が食欲を歓迎していた。
・・・いかんいかん、ダイエット中なのだ。
だめよ桜、誘惑に負けてはだめ。
お昼をしっかり食べたはずなのに、何だか正直な胃袋だ、と苦笑いをした。

そろそろ帰ろうとしていた。
誘惑から身を遠ざける意味でも。
ここからだと駅前のバス停が一番近い。

さあ、帰って先輩に渡そう。
どんな顔をするか楽しみだ。

傘を深く差していたためか、それとも街の烏合の衆は雨の日はお休みなのか、変な男に話しかけられることもなかった。
歩き出す。
足下の水たまりが軽快な音を奏でる。
このままぼーっとしながら帰ろう、そう思っていたときだった。

ガシャーーーーーーーン!!!


音は雑居ビルから聞こえた。
たぶんガラスが一斉に割れる音だろう。
その音が合図になったのか、たくさんの人が逃げまどっている。

「え」
何が起こったのか咄嗟に理解できなかった。
ただ、ガス爆発だ、と言ってる誰かの声だけが虚しく響いてるように感じた。
「わ、わっ!」
こちらにたくさんの人が逃げてくる。
その人の波に耐えきれず、
「きゃあっ!!」
ばしゃっ。
倒れてしまった。
そして、私の上を無数の人が踏まないようにと気をつけてくれているのか、通り過ぎていく。
誰かが泣き叫ぶ声が聞こえる。
その声を聞いて、初めて事の大きさに気づいた。
「逃げなくちゃ・・・」
立ち上がり荷物と大切な傘を拾い上げる。
あれ、傘・・・。
先輩に頂いた、大切な黄色の傘。
その傘は、
「・・・こ、われ、ちゃった・・・?」
人に踏まれて、
どうしよう・・・、傘、こわしちゃった・・・
無惨な姿になっていた。

気がつけば、駅前の噴水の前に立っていた。
服はびしゃびしゃで、下着まで雨水がしみこんで気持ちが悪い。
ただ、これだけは濡れないように、と、胸元にしっかりと今日買った傘と先輩にもらった傘を抱えていた。
可笑しいな、傘って人が濡れないように、って生まれてきたのに、なんでそれを守ってるんだろ。
そう思いながらぼーっとしていた。
今では体に当たる雨水が心地よい。
肌寒いはずなのに、なんでこんなに気持ちがいいんだろう。
周りは人通りも少なく、一人でいるには十分な環境だった。
視線を胸元に移す。
あの、黄色い、大切な、先輩からもらった傘。
銀色の骨は砕け、生地の所々に穴が空いている。
それを見て、無性に、涙が溢れてきた。

知っていた。
覚えていた。
前にもこんな事があった。
小さい頃、こんな雨の日、ここと同じ場所。
何故か知らなかったが、泣いていた。
声も出さずに、心から溢れる悲しさを淡々と涙に変えていた。
慰めてほしかった。
でも、周りには誰もいなかった。

あかるい雲の上で


だから歌おうと思った。

まぶたを閉じるの


自分が知ってることばを使って、

ゆめの続きは


楽しいことを考えた。

あの夜の月のした


綺麗なものをこころの中に映した。

波に揺られながら


今の自分を忘れようとした。

あさの太陽をまつ


待つ人なんていないのに。
なんで太陽なんて待ってるんだろう。
太陽なんて来ないのに。
なんで期待してしまうのだろう。

さ、・・・ら

なんで求めてしまうのだろう。

さく・・・ら、さ・・・・ら

私は

さ・・・・ら、さくら・・・、さく・・・

幸せを求めてはいけないのに

さくら・・・・さくら・・・・

これが神様がくれた

さくら!さくら!

運命、ってものなのに。

「桜!おい、大丈夫か桜!」
「・・・え、先輩?」
誰かが肩を揺らしているので気づいた。
「桜、何してるんだこんな時間まで傘も差さずに。びしょぬれじゃないか!」
それが先輩だったのはとてもびっくりした。
「は、はい!そ、そのごめんなさい・・・」
「もう6時だぞ。早く帰ろう」
とても心配な顔をして私の顔をのぞき込んでくる先輩。
その顔は不思議に綺麗に見えた。
「・・・はい。帰りましょう」
だから、綺麗と思ったから、一緒にいたかったから、答えた。
「あ、先輩。そんなこと言って傘もってないじゃないですか」
気がつけば先輩もびしょびしょで、赤い上着が一層濃く見えた。
「ああ、バイト先に忘れちゃって。電車に乗った後気づいたもんだから」
「それだから先輩は・・・じゃあ、これ使ってください」
と怒った口調で胸元の傘を差し出す。
袋から取り出した傘は一滴も雨水にふれていなかった。
「・・・桜、なんで桜それ使ってなかったんだ?」
「え、ええ・・・、その、これプレゼントですから」
「じゃあ黄色の傘を使えばよかったじゃないか」
「そ、その・・・これ・・・」
痛いところを突かれた。
咄嗟にそれを隠そうとするけど、
「・・・骨が折れてたんだ。穴も空いてる」
ばれた。
「・・・ごめんなさい」
謝るしかない。
「その、この傘、先輩から頂いたもので・・・」
先輩は傘を回しながら眺めている。
「その、壊しちゃって・・・、本当にごめんなさい、ごめんな・・・」
「直る」
「・・・え?」
「大丈夫直る。元通りになるよ。今のバイト先、修繕とかいろいろやっててな」
大事そうにその傘持っていた。
「生地のほうはちょっと苦しいかもしれないけど綺麗に直してみせる」
なんだか、そのことばに、くらっと来て
「はい・・・ありがとうございます先輩」
なんでだろう。
うれしいのに、すっごくうれしいのに。
涙がまたあふれ出した。

バスが来るのは2時間後だ。
なんでもあのガス爆発の事故で一時運休となってしまった。
だから今こうして私は先輩の横に歩いている。
「ふふふ、先輩と相合い傘なんて」
「い、嫌なら、いいんだぞ。桜が迷惑だったら」
「とんでもありません。先輩が傘を使ってくれて、それに御一緒させて頂いてるんですからうれしい限りです」
二人とも傘を差しても無意味なほど濡れていたが、それでも天を向くそれにありったけの嬉しさをあげたかった。
先輩と相合い傘。
こんな大イベント、一生忘れる事なんてできない。
「ところで桜」
「はい」
「なんで、泣いてたんだ?」
「え?」
「あ、いや、桜見かけたとき、な」
ああ、はい。
泣いてました。
でももう大丈夫です。
「・・・ちょっと悲しいことがあっただけです」
「大丈夫か?困ってるなら相談しろ。俺じゃ力になれないかもしれないけど精一杯努力する」
「もう大丈夫です!先輩が来てくれたら解決しちゃいました」
そう、もう大丈夫。
今は悲しくない。
反対に、とってもうれしい。
もう一人じゃない、って分かったから。
「む、そうか。でも何かあったらいつでも乗るからな」
「はい。そのときは頼りにさせてくださいね」
神様がいないって思ったことはなかった。
絶対いるって思ってた。
でもお仕事が大変だから私を見てくれないんだ、大変だから私に当たるんだって。
でも、今日、吹っ切れた。
私には待つ人がいる。
絶対に迎えに来てくれる、大切な人がいるって。
そのことを先輩に話したかったんだけど、
「先輩」
「なんだ?」
「・・・やっぱいいです。ごめんなさい」
「? 顔赤いぞ。熱でもあるのか?」
「い、いえ!本当に何でもないんです!」
恥ずかしくて、言えなかった。

あのうたの続き
こんな汚れた私でも
しあわせになれるって証の
うたの続き

わたしは天使で

あなたを見ている

あなたは王子さまで

私を守るの



back
contents top


since 04/12/30

(c) BadFuge http://badfuge.fc2web.com/

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送