魂だけの状態。
躰は無く、自分という固まりだけが夢の中を浮遊している。
別に悪い夢だとは思わない。
悪夢の要因となるものは何一つ無いし、逆に良い夢と思われる要因もない。
人間が生きている過程で何度と見る単なる夢であろう。
だから無理に目覚めようとしなかった。

現れたそれを霧だと思った。
真っ黒な霧。
でも、色を識別することが出来ないから本当に真っ黒かは分からない。
━━その固まりは徐々に形をなしていく。
その一部が子供の顔に見えた。

nobody is

-I am not dreaming-


━━ユメ、カ

声は聞こえない。
耳がないから。

━━ソレトモ、ハジメカラ、ナシ、トスルカ

人間の中枢である脳も無いくせに理解できるとは、器用な躰である。

━━フタツ、ニ、ヒトツ

そいつは、

━━エラベ、トキハ、ナガレスギタ

笑った。


・・・目が覚めた。
朝は早いとはいえ、3時に起きるのは幾らか早過ぎか。
「━━頭痛え」
なんだかすごく陰鬱な夢心地だったような気がする。
のびをすると何かが柔らかいものに当たった。
「アルトリア」
のばした手が彼女の柔らかい頬に当たる。
ぷにぷに、ふっくらしてておもしろい。
「し・・・ろ・・・お」
起きたと思ったけど、なんだ寝言か。
同じ布団で寝るなんて藤ねえや桜が聞いたら何て言うか。
ただ二人抱き合って寝るだけだったが、そりゃあ未成年の若い俺たちにとって刺激的だ。
━━可愛い。
━━愛しい。
数時間前までざあざあと降っていた夜空だったが今では窓から星が見えるほど晴れている。
その中で、一匹の海月が白き光を放っていた。
光は窓という隙間からこの部屋を照らし、白く染めていく。
電気をつける必要の無いほど明るい世界。
その世界の末端で俺たちは寝息を立てていた。
「・・・こんなのが英霊だって言うんだからな」
さっきまで、時期の過ぎた羽毛布団の中で、ひそひそ話をしていた。
他愛もない話。
最近学校であったこととか、前回の聖杯戦争の後で何があったとか、何が食べたいんだとか。
一方的に話していてアルトリアは相づちを打つくらいしか口を開かなかった。
そうしてアルトリアの目が虚ろになってることに気づいてようやく寝ようと切り出した。
『じゃあ、最後にシロウ。もう一度だけ言ってください』
『愛してる。心の底から』
これだけ言ったら安っぽい言葉になるんじゃないかって思うくらい。
バリエーションを増やさないとつまらなくなっちゃうな。
『では、お休みなさいシロウ』
『おやすみ、アルトリア』
目を閉じた後、今回の聖杯戦争終わったら何しよう、って訪ねることを忘れたのに気づいた。

━━海月の光は白いアルトリアの肌をさらに白く染めていた。
寝顔は一国の王と思えぬほど可愛い。
それは遠坂も認めるほど。
『なんで私じゃなくてこんなへっぽこのサーヴァントなのよ!!』
へっぽこは余計だが、これほどまでに強く、美しいサーヴァントはそりゃあ取り合いになるだろう。
今はマスター違えども、こうして独り占めしてる"シロウ"という人間は何て幸せ者か。
「とんでもない"運命"だな」
「そのように運命を愚弄するものではありませんよ」
さっきまでほっぺたをオモチャにされていた少女がいる。
顔だけ布団に出し、半分閉じたような目でこちらを見上げていた。
「ごめん、起こしちゃった。いつ起きた?」
「そうですね・・・、シロウが10度目に私の頬を突っついたときでしょうか」
「ごめん」
「謝ることはないです。私も、心地よかった」
微笑んでいた。
眠そうにこちらを見上げながら微笑んでいた。
「なあ、アルトリア」
「はい」
「・・・夢じゃないよな」
黒い霧が目の前に見えたような気がした。
気がしただけで、実際はいないことに気づいた。
「これが夢だとしたら・・・実に都合が良いと思いませんか?」
目の前の少女に会って、告白して、別れて、そして再会して。
記憶の渦がまだ覚めきっていない脳内に音を出さないようにして回転する。
「都合・・・いいな」
ああ、何て出来すぎた台本なんだ。
「そんな夢を見るほどシロウは愚かな人間ですか?」
「かも、しれない」
だって、目の前の少女がいなければ空洞になっていた自分がいたのだから。
「・・・ふう、では視点を変えましょう。あのとき、貴方は止めようとしなかった」
ああ、だって未練など無かったから。
それでも、止めようとはした。
愛するアルトリアと、王としてのセイバー。
俺は後者を見送ったのだ。
「未練は無い、と貴方は言ったはずだ。━━なら、なぜ未練のないはずの夢の続きを見るのでしょうか」
「ああ、未練は無かった」
でも、それは最初の時だけ。
最近ではよくセイバーが夢に出てきたとは言えない。
それでも、引きずってるけど、間違った選択はしていない。
「なら、現実です」
真剣な眼差しでこちらを見上げる目はそう言った。
「でも、アルトリア」
「・・・シロウ、これ以上反論するんであれば、怒りますよ」
「ううん、そうじゃなくて」
これは恐れ。
細分化された俺の運命の一筋。
「・・・今度は、未練がましくなりそうだ」
もう一度、消えたら。
英霊として戻ってしまったら。
また、別れを経験するのなら。
「シロウ、私を誰だと思っているのです?」
そんな不安を吹き消すかの如く、騎士の少女は微笑んだ。
「貴方は前回知ったでしょう。私が最強の剣の王、セイバーことアーサー王であることを」
誇らしげに、笑った。
「ああ、だから・・・、これからもよろしくな、"セイバー"」
「シロウ、ここは謝るべきです。少なくとも貴方は私を疑ったのだから」
「ごめん、なさい」
「では、明日の朝ご飯はおかずを増やしてくれるとありがたい」
「了解」
アルトリアの目にかかっていた髪の毛をかきあげながら。
くすぐったいのか少し体が揺れていた。
「ではもう少し寝ましょう。睡眠も重要な休養の一つだ」
ゆっくり目を閉じながら夢へ墜ちるアルトリアを見ながら、俺も瞼を閉じた。
たぶん、俺も誇らしげに笑っていたに違いない。

"nobody is" out



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