春風が気持ちいい。
春一番と呼ばれる類のその風は暖かさと共に何かを運んでくる。
不意に、鼻の頭に何かが当たった。
手に取ると、それは桜の花びら。
「風流ね」
どこから運ばれた一片なのだろう。
「お、来た来た」
ついで、と思われんばかりに春風はおまけを引き連れていた。
「遅い」
一喝する。
女を待たせるなんてなんたることだと。
「ごめん、ごめん」
男はぜいぜいと息をしながら低頭で謝る。
頭の上にある重ねた両手が笑いを誘った。
「いいわよ。私も今さっき着いたばっかだし」
そう言いながら春の風吹く大きな坂を登っていった。

夢現

-yume utsutsu-


私、遠坂凛は三年生になった。
もちろん今一緒に歩いている馬鹿ももちろん3年生になったわけだ。
聖杯戦争後の学期末テスト。
聞いたところあまりにも成績が悪かったので、このままじゃ留年しかねないと思った私は本気になってこの馬鹿をしごいてやった。
ちなみに、この馬鹿とは頭が悪い方の馬鹿である。
そのせいもあってか、見事赤点だけは逃れて表面上は3年生となったわけだ。
それでも頭の方は冗談言ってられないので魔術講座の間に高校生の勉強を取り入れるようになった。
「もう三年生なんだな」
三日前、始業式を終えたばかりでごたごたしているが授業は始まっている。
「そうね、早いものね。もうすぐで二十歳よ私たち」
人間の一生は速く短い。
世界には人間の寿命を無視して生き続ける魔術師もいるそうだが、とにかく短い。
その中でやりたいことをやる、それが私の信条だったりする。
「そう言えば桜、県大会出場だってね」
「ああ、すごいもんだな」
私たちの一つ下、今年二年生の桜。
毎日部活に精を出しているため今は朝練でいないが、良くできた女の子である。
「俺が見てた頃は弓の弾き方も分からなかったのに。まったく、料理も弓もすごい成長だ」
力なく笑う士郎の顔はどことなく幸せそうであった。
少し前まで生きているか分からないほど落ち込んでいた士郎にとって、他人の幸せも笑えるほどに回復したのはよかった。
もっとも、こいつは自分より他人の方が大事だから本当に回復したのかは不明であるが。
「ねえ士郎、笑ってる?」
だから単刀直入で聞いてみた。
「なんだって?」
「だから、最近笑ってるか、って聞いてるの。その、あれから・・・」
私の言う"あれ"とは聖杯戦争のこと。
「ああ、うん。人並みには回復した。たぶん」
「たぶん、じゃ駄目なの」
時々、いつの間にか他人の心配ができるようになった自分自身に驚く。
しょうがない。
だって、なぜかほっとけない馬鹿がいるわけで。
「じゃあ、努力するよ」
「努力するもんじゃないと思うけど」
だから言動の一つ一つに突っ込んでしまう。

「じゃあそろそろ・・・」
学校の校門が見える。
生徒の数はあまりいないが、正門の近くに行くと、途端わあっと増える。
士郎が心配しているのはそのこと。
士郎と私が一緒に登校しているのを他人に見られると噂が立つ、とは本人の弁。
「うーん、どうしようかな」
そうだ、ちょっと困らせてみよう。
「ん?どうした遠坂」
「別に今日くらいいいかなー、って」
「今日くらい、ってなにが?」
もう少し、私の言動を自分なりに解析して欲しいなー、って無理なことを思いつつ、やつの腕にがばーっとくっついた。
「ちょ、どうした遠坂!!」
見られれば恋人か何かの類と思われるだろう。
いや、否、恋人同士だってこんなことを公衆の面前でするだろうか。
「じゃあ、行きましょうか衛宮君?」
「ちょっと待て!!こんなところ誰かに見られたらどうするんだ!?」
「どうするもって、私は何もしないけど。それに現に見られてるし」
笑顔で応対する。
士郎の顔は青かったり赤かったり。
ちなみに私の顔は少し赤かったり。
変色し続けるピーマンは周囲の視線を受けながらゆっくりと正門を通過した。

ああ、すごいことになった。
まったくもって、すごいことになってしまった。
時刻は昼休み。
大半の生徒は弁当や学食を使って成長期の胃を満たしたり、あるいは午後の授業の宿題をせっせとやっているかのどちらかであろう。
だが、今日は違う。
何が違うって、まず目。
ぎらぎら光っていて、恐怖を感じる。
次に違うのは教室にいる生徒の量。
男子は主に弁当ではなく学食を使う。
そのためこの時間帯の教室は男子は少なく女子は多いという密度になる。
しかし今日はほぼ全ての男子がこの教室にいた。
昼飯を犠牲にしてでも、だ。
次に目線。
その怖い目線がほぼ一つの人間に向けられているのだ。
その先は、
「あの・・・なんでしょうか?」
俺である。

「おー、やってるやってる」
隣に座っている綾子が物珍しそうに笑いながら士郎たちを眺めていた。
なぜか私、綾子、士郎や生徒会長は一つのクラスにまとめられたかのごとく一緒のクラスになった。
誰の陰謀か、藤村先生も一緒である。
「遠坂も物好きだな。あいつに手を出すとは」
「別に、私の勝手でしょう、美綴さん?」
「そうは言っても、遠坂凛ときたら学校一の美人な上に秀才な人間だ。それがあんな凡人に手を出すとは」
いつの間にか学校一のアイドルという称号を手に入れてしまったが満更でもない自分がいる。
しかし、そんな称号は心の贅肉になりかねない。
私は魔術師なのだ。
人目を気にして生きていかないとならないこの身なのだから。
「どうやって知り合ったんだ?」
「あら、私たちは朝知り合ったばかりですけど?」
「嘘を言え、嘘を。幾人かの生徒はあんたら二人が一緒に歩いてるのを目撃してるんだぞ」
まるで名探偵だ。
「それよりも美綴さん、そろそろ昼の練習ではないのですか?」
彼女たち弓道部は今練習に忙しい。
県大会に行った桜がいるように、この学校の弓道部はレベルが高い。
そのため昼休みを返上してでも練習に明け暮れている。
「うまく逃げたな遠坂」
「私は逃げていませんが」
軽口を言いながら綾子は立ち上がる。
「じゃあ私は行くわ」
「ええ、頑張って」
「それよりもあんたの恋人を助けてやったらどうだ?」
「わ、私はあんなのと恋人だなんて・・・」
「ほお・・・、今朝知り合ったばっかりの仲なのに"あんなの"とはねえ・・・」
そう言いながら意地悪そうな顔をする。
「・・・これからは言葉の使い方を上手にするわ。それよりもあなたの時間は大丈夫なの?」
「・・・まったく、本当に逃げるのがうまいな」
かちゃかちゃと鞄から何かを取り出している。
たぶん時間帯とその物の大きさからして弁当であろう。
「じゃあな。だけど本当に助けた方がよくないか?」
見れば十数人の男子が生徒会長を筆頭に大声を出している。
恐らく殺気立っている。
周りの女子も見ればおびえてたり、ひそひそ声を出していたり。
その一人と目が合い、話の内容が大体理解できた。
「ま、私が事の発端なんだし・・・」
男子の群の隣をを優雅そうに歩く綾子を目で追いながら私は助け船を発進した。

「ええい!!衛宮!貴様、あの女狐になぜ誘惑されたのだ!!?」
「そうだ衛宮!おまえがあの遠坂さんと!!」
「衛宮殿!正直に答えぬのなら私が斬る!!」
生徒会長と十数人の友達と侍一匹に囲まれている。
「なぜだ!答えろ衛宮!」
質問の内容は同じだが何かが違うような気が。
「だから、俺は別に・・・」
さあ、どうやって切り抜けよう。
作戦一、逃げる。
無理だ、これだけの人数に四方八方囲まれているのだ。
教室から逃げられたとしても、すぐに捕まるに決まっている。
遠坂の人気からして・・・、全ての男子が敵になりかねない。
鬼ごっこは上手ではないし、ましてや数百人対一なんて壮大な鬼ごっこを決行する勇気はない。
作戦二、黙秘する。
・・・、駄目だ。
話が変な方向に行くに決まってる。
「俺は遠坂と朝知り合ったばっかで・・・」
とりあえず説得し続けよう。
で、昼休み終了のタイムオーバーをねらう。
・・・、昼飯抜きか。
「なら、なぜお前の腕を引きながらあの女狐と一緒に登校してくるのだ!!?」
机をばんばんと叩きながら叫ぶ一成。
周りも周りで異様な雰囲気を醸し出しながらこちらを睨んでくる。
ああ、どうすればいいのだ・・・。
その件について私がお答えしましょう
その時、遠坂が天使に見えた。
「ぬ、女狐め・・・。とうとう姿を現したか」
「表すも何も、さっきまで私の席に座っていましたが」
ほほほ、と表向きの笑顔で振る舞う遠坂。
「で、私が何かしまして?」
「貴様・・・、衛宮を困惑したくせに何を言うか!!」
遠坂にくってかかる一成。
すまん一成、今日だけは遠坂を応援しなければならない。
「困惑だなんて・・・。私は今朝、衛宮君が倒れていましたから助けてあげただけですわ」
「な、なに!?」
がんばれ遠坂、お前の手腕によって今後の俺の人生が左右されるかもしれないぞ。
「私が登校しているときある少年が倒れていたのです。驚いて駆けつけてみれば・・・なんと同じクラスの衛宮君ではありませんか!」
オーバーアクションで解説する遠坂。
「話を聞いてみれば道ばたの小石につまずき吹っ飛ばされていたなんて!」
空を仰ぎおっしゃる遠坂。
ふつうはここでツッコミを入れるが不可能であろう。
「可哀想になった私は急いで衛宮君を抱えて学校まで連れて行ってあげたのです!!・・・以上です」
ぱちぱちと拍手が聞こえる。
さすが遠坂さんナリ、と言う後藤君。
君ら、俺が言える問題じゃないけど、騙されてるぞ。
「・・・一つ聞くが、衛宮は先ほどの体育の授業でぴんぴんしてたぞ」
ここで一成が反論する。
ツッコミどころはそこじゃないと思うが、・・・もう疲れた。
「ええ、私があの後ゆっくり介抱しましたので・・・」
にっこり、と、極上の笑みで返す。
その言葉を聞き男子どもはおー、っと感嘆の声を漏らす。
「他に何か質問はありません?」
「いや、もう聞くことはなかろう。疑ってすまなかった。精進が足りない証拠だ」
ぺこりと手を合わせて一成がお辞儀する。
「いいえ。私より衛宮君に謝るべきなのでは?」
「うむ。すまなかった衛宮、大変な醜態を見せてしまった。男子共々を代表して無礼を詫びる。すまなかった」
「あ、ああ・・・」
さすが遠坂。
あの藤ねえを丸め込んだだけある。
本当に助かった。
本当に助かった。
「ところで衛宮君?」
「な、なんだ遠坂?」
「申し訳ありませんが、放課後お時間いただけます?」
・・・悪い予感がする。
あの顔は・・・、あくまの顔だ。
「その・・・、お礼をしてもらいたいので
再びあの極上の笑みでおっしゃる遠坂。
「では、私は教室でお待ちしていますので・・・」
場は凍りつき、遠坂が教室から出ようとする足音で響く。
もちろん俺の顔も真っ青になり、
「衛宮、衛宮、衛宮、衛宮・・・」
「い、一成・・・」
「衛宮、衛宮、衛宮、衛宮・・・」
呪文のように俺の名を繰り返す男子群。
「お、お前らしっかりしろ・・・」
衛宮、衛宮、衛宮、衛宮・・・
「じゃ、俺は飯食うから・・・」
衛宮ーーーー!!!
ああ、親父・・・。

whisper and



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